2004年10月07日

『誰も知らない』、フィクションとドキュメンタリーの狭間で

nobodyknows.gif公開から大分時間が経っていますが、2度観たこの映画について、やはり何らかの文章を残さねばという妙な義務感から、今更ながら。

まず問われるのは、現在の映画において、フィクションとドキュメンタリーという二元論は成り立つのか、ということです。 それに答えるのが難しいというより、その問い自体の無意味さに、人はだんだんと気付き始めているのではないでしょうか。そもそも“ドキュメンタリー映画”とは、いったいどんな映画を指すのか? 『誰も知らない』が多くの人に感動を与えるのだとすれば、それは『誰も知らない』について回る“ドキュメンタリーのような”という指摘に拠るものなのか? ここでただ一つ言えることは、『誰も知らない』は様々な意味で記憶に残る作品に違いないということです。その理由を探ることが、ここでの主たる目的となるでしょう。

フィクションとドキュメンタリー。言い換えれば、虚構と記録。
恐らく一般的には、対立する概念だと思われている節もあるこの二者ですが、映画とはもともと、これら両方を同時に孕み持つメディアであり、映画である以上、虚構(≒演出)は少なからず存在し、そしてそれを記録することで初めて成り立つメディアなのではないかと思います。であれば、ある映画がフィクションであってもドキュメンタリーであっても、それ自体は作品の価値を高めたり貶めたりするものではないということです。あらゆる映画には、絶対に人間の意思が介在しているのですから。言うまでもありませんが、ただ事物を撮るだけでは、映画は成立しません。監督の思想は、何らかの形で必ず画面に現れてくる。恐らくリアリズム(私たちが思い描く現実と映画との距離)が基準になっているであろう、フィクションとドキュメンタリーの境界線は、機械が主体となって映画を撮っているのでない以上、フィクションでありドキュメンタリーなのであり、カメラとは、人間の目であり、機械としての目でもあるのです。

例えば、昨今流行している“擬似ドキュメンタリー”に対する賛否は、“ドキュメンタリー的”(それは現実に似ているであろうと虚構として撮られています)であろうとする“戦略”(あるいはそれが齎す結果)についての賛否であって、議論となる次元が異なっています。フィクションとドキュメンタリーには決して優劣など存在せず、私たち観客側の幻想に過ぎないのではないか。私はそういう視点に立っています。

ところで映画史には、フィクションとドキュメンタリーという二元論にはとうてい収まりきらないであろう作品が存在しています。例えば、1959年に撮られた『アメリカの影』という映画。この映画は紛れも無くフィクションですが、“シナリオなしのアドリブ演出で、ある種セミドキュメンタリー的な色合いがあり、そのリアリティと臨場感は映画の新たな方向性を確かに見据えていた”(allcinema onlineから引用)と言われています。一つのフィクションであるにもかかわらず、監督であるジョン・カサヴェテスは“俳優によって演じられている”ということよりも、彼らがまさに画面の上で“生きている”瞬間があればそれでいい、と判断したのではないか、と思うのです。その一瞬一瞬に生まれていく仕草が、時に過剰なカメラの動きによってまさしく“アクション(それは画面に映る対象が、まさにそこに居る者として現前に迫ってくる印象に他なりません)”というほか無い何かに変貌していく、稀有な映画なのです。
あるいは、2000年に撮られた『ヴァンダの部屋』。もうここまでくると、先の二元論は全く通用しません。画面に映るのは、それが意図的に作られていようが、偶然による産物だろうが、紛れも無い“現実(画面が生きているという感覚)”だと断言せざるを得ないのです。現実故の強烈な痛み…『ヴァンダの部屋』には、それが横溢しています。監督のペドロ・コスタは、2年間にわたり、主人公であるヴァンダ・デュアルテと共に生活しました。フォンタイーニャスの荒んだ日常の中で、カメラが回る瞬間だけが“とりあえず”ヴァンダを映画として切り取りますが、彼女にとって、カメラが回っている以外の時空間との決定的な差などないかのようです。換言すれば、カメラが回っているかいないか、その差すら消滅している。所謂演出の有無などは問題ではく、対象を“生かす”のでなければ映画にする意味が無い、『ヴァンダの部屋』はそう告げているかのようです。

閑話休題。ここで改めて冒頭の話題に立ち返ります。
私は恐らく、『誰も知らない』に心を動かされました。果たして、それを感動と言い換えて良いものか、今は判断がつきません。ただし少なくとも、『誰も知らない』が“ドキュメンタリー風”だったこととは何の関係もないと断言できます。実際、『誰も知らない』はかなり“脚色”されています。それはあの事件の詳細を調べればすぐにわかることです。さらに言うなら、現実に起こった事件から、意図的に“陰惨さ”が取り除かれているような気もします。だからといって、それをオプティミスムだ、とまでは言いませんが、そこには『ヴァンダの部屋』に見られたような“痛み”を感じませんでした。だとするなら、その代わりに何があったのか。
それは、是枝監督の俳優に対する、風景に対する、そして、(事件性の向こう側にある)未来に対する真摯で温かい目線(それは是枝監督の人間性ではないでしょうか)だったのではないか、と思います。4人の兄弟が始めて“外”に繰り出し、排水溝から突き出した赤い花の種を持ち帰ろうとする場面。カップヌードルのカップに4人が自分の名前を書くとき、清水萌々子の手に柳楽優弥が自分の手を添える場面。そして、ラストシーンに相応しい(これは若干皮肉ですが)、4人が画面の“向こう側”へと去っていく場面などに表出していたと思われます。1年以上を費やして子供たちと接し、彼らの“生(演技には還元できない部分)”が画面に現われる瞬間を待つ。是枝監督のこういった映画へのアプローチがあったからこそ、あのようなシーン(それこそがドキュメンタリー風だったのかもしれません)が生まれたのではないでしょうか。決して“演技”をしているとは言えない子供たちは、にもかかわらず、是枝監督の思い=視線と共鳴しあい、輝いていました。それが多くの観客に感動を与えたのだと。むしろ、演技などしていなかったことこそが、肝要だったのです。もちろん、“演技などさせない”という“演出”の存在は、見落としてはならないと思いますが。

『誰も知らない』を、結果的に“擬似ドキュメンタリー”だと言う人もいるでしょう。しかしこの際、それはどうでもいい話です。その上で私が何らかの結論を出すとすれば、是枝監督は一瞬でも画面に“生”を刻み付けることが出来る監督だということだけです。その事実は、非常に貴重だと思います。結論ならざる結論ですが、そう言わざるを得ないというのが、『誰も知れない』を2度観た私の結論です。

【関連ページ】
『誰も知らない』を再度観直しました
『誰も知らない』とフォトジェニック
『誰も知らない』は誰もが知っているのか?

2004年10月07日 23:43 | 邦題:た行
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Comments

>マーク・レスター様

コメントありがとうございました。
レビューを拝読させていただきました。

本作も、もう4年以上前前になるのですね。
おっしゃるとおり、本作は、事実を再現しようとしたわけではないと思います。本文にもありますが、当時は“フィクションとドキュメンタリー”という構図そのものに興味があったのでしょう。今でも基本的には同じ姿勢ですが、本作はそれを考える契機を与えてくれたのです。

やや話がズレますが、先日是枝監督の新作を観ました。こちらは所謂“ドキュメンタリー”という範疇に属する映画で、本作とはまた違った印象を受けました。
もしご興味があれば是非ご覧になってください。


Posted by: [M] : 2009年01月28日 18:08

お邪魔します。

「フィクションとドキュメンタリー。言い換えれば、虚構と記録」 に対する文章を興味深く拝見致しました。

今作において、その2つの領域のをどのように捉えるかで、感じ方が大いに変わってくるのだろうな と改めて思いました。

作者は 「巣鴨子供置き去り事件」 を描きたかったのではなく、事件をきっかに感じたことを語りたかったのだ。と感じました。
そして 「成長」 や 「再生」 という " 強さ " と  "祈り"   をこの映画から感じ取りました。

ボクも今作のレビューを書いておりますので、トラックバックを貼らせてくださいませ。よろしくお願いします。


Posted by: マーク・レスター : 2009年01月18日 21:38

>ng殿

そうなんですよ、上手く出来ているんですよ、ブログというやつは。過去の記事にも、どうか心置きなくコメントしてくださいyo。

『誰も知らない』は貴兄好みの映画だと思っていました。あの子供たちは、撮られることによって初めて生きてくる、そんな感じがしました。本作は、そのいささか美しすぎる部分が、ややもすれば事実との齟齬感を生じさせるのかもしれませんが、そのように主張する人は、映画との距離を取り違えていると、あるいは言えるのではないでしょうか。私もその点について、いろいろ考えさせられました。

『グリッター』は未見ですが、俳優上がりの監督がスターを迎えて撮った本作は、見事ゴールデンラズベリー賞を獲得したようですね。この結果だけを見ればその自己嫌悪も分からないではありませんが、まぁそれはそれで……沢山いい映画を観ることで、溜飲を下げてください。

今年も是非「青」に体験しに行きましょう。


Posted by: [M] : 2005年03月31日 23:22

なるほど、コメントを書くと左の欄に出るわけですね、今更ながらその構造を理解しました。これで心おきなく昔のものでもコメント書けますね。よくできてる・・


Posted by: ng : 2005年03月31日 15:02

どうも。今頃ここに書き込んでいいんでしょうかね?それこそ”誰もしらない”ことにならなければいいのですが。。(うまい?)ともあれ『誰も知らない』に関する全てのレビューをよんでいて、去年、海に行った話が出ていたのを発見し、とても懐かしくなりました。また今年も青を感じに生きたいっすね。
たしかにいい映画でしたね。レビューをなるほどなるほどと読みました。確かに彼らは演技をしているというよりも、このフィルムの中で”生きている”という印象をもちました。それがドキュメンタリー風というように思われることなのかもしれませんが、それが映画的な手法だけによるものでなく、撮影前の準備がそれを実現させているというのはとても納得で、成功していますよね。何かのためでもなくただ純粋に生き続けるという、何か人間の生来もつ姿というか、その美しさに胸がつまる思いをしました。このDVD観賞後、テレビでマライアキャリー主演の『グリッター』がはじまり、しょうもないなあと思いつつもついつい最後まで観てしまい、図らずもラストシーンでほろりとしてしまった自分に、若干自己嫌悪したことも記しておきたいと思います。


Posted by: ng : 2005年03月31日 14:49

>じゃんくさま

コメントありがとうございます。
いや、むしろその“上手く言えないということ”が、この作品を一番上手く言い表しているのではないかとも思います。やはり「感動」とは、決して涙だけには還元できない何かなんですよね。


Posted by: [M] : 2004年10月19日 09:41

焦点の定まらないわたくしの記事にTB下さりありがとうございました。すぐに読ませて頂いていたのですが、「映画好き」でもないので分からないところが多く、もう少し考えてからと思っていたらすっかり遅くなってしまいました。
映画がもう少し先まで描いたらどうなっただろうというのが気になり、あの走り去るラストはとても印象に残りました。でも「感動」とは言いにくいですね。心を掴んだことに変わりはないのですが、語彙不足でうまく言えません。


Posted by: じゃんく : 2004年10月19日 00:18
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