2007年03月15日

『ワイルド・アニマル』を観て、キム・ギドクの旧作をコンプリートする

昨日も先週に引き続き日本未公開のキム・ギドク作品である『ワイルド・アニマル』(1997年)をレイトで鑑賞。最初に紹介された時は『野生動物保護区域』という邦題でしたが、現在では英語タイトルのほうを採用しているようです。

まずは気になっているかたもおられるかと思いますので、前回の日記(ドキっとする体験)の“その後”から。ユーロスペースのロビーに早めに到着した私は、先日ほんの少しだけお話した女性を探してみました。しかしながら、彼女が昨日来るという確証などどこにもなく、それにもまして、彼女の顔の印象が実はその時彼女がしていたマスクに集約されてしまっていたことに気づき、探そうにも探せない状況でした。一応マスクをしている女性もいたのですがどう見ても別人で、結局は会うことが(気づくことが)出来ず、ロビーの端のほうで途方に暮れていると、彼女の代わりに、というわけではないのですが、まさにその日に日本映画学校を卒業したばかりの[R]君を発見、彼の卒業制作に関してあれやこれやとお話出来たので、それはそれでよかったな、と。仄かなロマンス期待していた方、すみませんがそれはなさそうです。記憶は刻一刻と薄れていくものですから…。

さて、キム・ギドク監督第2作目となる『ワイルド・アニマル』は、様々な意味で貴重な作品です。
それが傑作だとか言いたいのではなく、まだ現在のように洗練されたスタイルを確立していないキム・ギドクの映画に対する試みというか、言い方を変えれば迷いのようなものが随所に見られ、彼の歴史を振り返るに当たって、どうしても外せない作品になっているような気がしたからです。

ほとんど『鰐』の変奏ではなかろうかという風に思わせつつ、一方でこんなギドクはあまりに現在のイメージとはかけ離れているとも思わせるし、かと思えば、まさにギドク的だとしか言い様のないイマジネーション溢れるショット(ある種“絵画的な”、あくまでビジュアル先行とも言える様なショット)もあって楽しませてくれます。作中のほとんどの構図や編集に関しては、いい意味でセオリー通りというか、悪く言うならそこに作家的な刻印など微塵も認められないほどに凡庸だったと言うことも出来るのでしょうし、脚本や美術に漂うオリジナリティやここぞという場面のキメのショットなどは、ギドクを見続けてきた私を安心させてくれたとも言えます。
いわば、キム・ギドクの映画だとは思いがたいにもかかわらず、紛れも無くキム・ギドクの映画だと断言することも出来る、『ワイルド・アニマル』はそのような映画です。ちなみにこの意見は、鑑賞後に飲みながら話した[R]君が開口一番呟いた意見ともほとんど一言一句同じもので、彼もこれまで多くのギドク作品を観てきているからこそ、あるいはそのように思ったのかもしれません。

これまで公開されているギドク作品を一直線に並べてみた場合、やはり幾度かの作風の変化が認められそうですが、しかし、初期の頃から変わっていない部分(とりわけ、舞台や美術的側面)もはっきり見えてきた気がしました。『ワイルド・アニマル』においても、映画などほとんど見ていなかったわりにどこかで観た様なショットを紛れ込ませたり、あのドニ・ラヴァンやリシャール・ボーランジェをさらっと脇役に使ってみせるあたり、やや理解不能というか、それが天然なのか戦略なのか判断しづらい点もありますが、これまでキム・ギドク作品を観て、『ワイルド・アニマル』ほど鑑賞後の私を饒舌にさせた作品もまたないわけで、そういった意味で、まだまだ不可解な男だということは間違いなさそうです。

だからでしょうか、帰宅後、久々に『キム・ギドクの世界 〜野生もしくは贖罪の山羊〜』を少し読み直してみると初めて読んだときよりも一層興味深い。キム・ギドク的世界を理解するには、ひとまず全部の作品を観た上で本書を読むのがいいかもしれません。

なお、『鰐』の公開が正式に決まったらしいです。また、今週金曜日で終ってしまうレトロスペクティブを見逃した方にも朗報。GWに今回上映された作品が再度かかりますので、特に未公開作品に関してはお見逃しなきよう。詳しくはユーロスペースに張ってあるポスターをチェックしてください。

2007年03月15日 19:40 | 映画雑記
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Comments

>現象さん

こんにちは。コメントありがとうございます。
折角同時代に生きている作家ですから、気に入ったら何とかコンプしたいという願望があります。北野武などもその一人ですね。ギドクの場合は、最近ようやく盛り上がりを見せてきましたので、きっと新たなファン層を獲得したのでしょう。

劇場におけるロマンスにはやはり憧れますが、現実はそうそう上手いこと運びませんね。あの女性とも、きっともう会えないでしょう。


Posted by: [M] : 2007年03月28日 10:33

コメント&TB失礼します。
コンプリートおめでとうございます。
すごいですねぇ。
僕はまだ2,3本残ってます。
リンクの記事も拝見させていただきました。
こういうのって憧れます。
というかそのような妄想をしょっちゅうしているであります。


Posted by: 現象 : 2007年03月28日 01:48

>かおるさん

全体的にダサダサというのは同意ですが、あんな分りやすい友情をキム・ギドクが描いていたと言うこと自体に感動しました。私の斜め後ろの方でも、ラストのほうでシクシクという声が聞こえてきましたよ。
本当に観て良かったと思います。

>chocolateさん

そうですね、ハネケ以来の熱狂だったと思います。
例の女性はまさに“絶対の愛”を想起させますが、恐らくただの花粉症かと…(笑)唇の写真が張ってあったら恐くて話しかけられません。

>ヴィ殿

すでにdvd化しているもの限定ですよね?
『魚と寝る女』
『悪い男』
『サマリア』
この3本を観て、もっと観たいと思わなかったら、やめたほうがいいかと。


Posted by: [M] : 2007年03月19日 09:41

ギドク初心者の私に過去作で3本薦めるとしたら何ですか?


Posted by: こヴィ : 2007年03月19日 03:47

こんにちわっ。

私は今回多忙のため曼荼羅は不参加なんですけど、
そっか、GWにも上映あるんですねー。
ではその時に色々見たいと思います。
(昨年のハネケの時と同じですね)

例の女性とは再会できなかったんですねー、残念。
マスクをしていたんですか・・・まるで「絶対の愛」みたい。(笑)


Posted by: chocolate : 2007年03月17日 11:31

私も今夜(金曜日)観てきましたよーー!
すっごくB級だし、荒っぽいし、音楽はダサダサ。それなんだけど、初々しさとギドクのチャレンジ精神みたいなものがあちこちで感じられて、個人的には「リアルフィクション」よりは断然満足度高いですね。後半は二人の友情にボロボロと泣けてきましたし・・(涙)。そして、あちこちでここ数年のギドク作品の原点を感じました。嗚呼、この機会に観られてよかった。GWの「鰐」も楽しみですね。


Posted by: かおる : 2007年03月17日 02:02
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