2007年04月05日

『悪魔の沼』は無骨だが悲しい映画である

悪魔の沼悪魔の沼/EATEN ALIVE/1976年/アメリカ/90分/トビー・フーパー

トビー・フーパー監督2作目に当たる本作は未見だったので、是非劇場で観たい作品でした。
冒頭、ロバート・イングランド演じるバックの台詞が、『KILLBILL Vol.1』におけるマイケル・ボーエンと同じだったことに気づき、オマージュ好きのタランティーノの芸の細かさにあらためて敬意を表した次第ですが、アナルセックスを強要する男と叫びながら逃げ惑う女、という陰惨なシークエンスで始まる本作の雰囲気は終始一貫していて最後まで陰惨極まりなく、本作がその図式的なアクションやセット・小道具の粗末さという負の要素を抱え込んでしまっていたことを聞いてはいましたが、この徹底した陰惨さ、不快さを前に、そんなことはまるで気になりませんでした。

『悪魔の沼』は陰惨で不快ですが、しかし悲しい映画でもあります。不条理なまでに画面に立ち込める煙や赤い光、神経に障る効果音やサウンドトラックや女の悲鳴、時に観客の視線を無効化するような黒い闇、そして思いがけず悲痛なラストショット。その全てが、全体として決して調和しているという感じではなく、むしろ荒々しく目の前に差し出されているかのようですが、ホラー映画にしては悲痛な映画だという印象も拭えないのです。

『ジョーズ』の後追いとして企画されたにもかかわらず、沼に潜むクロコダイルはあくまで副次的な役割しか負っていません(実際、このクロコダイルがジョーズのようにその身を白日にさらすことはなく、その口元だけが不気味に黒く光っているのみです)。主人公の殺人鬼を演じるネヴィル・ブランドの理解不能ぶりと、そのあまりに短絡的・直情的な行動こそが本作の中心にあるのです。リアリズムというよりはむしろ、セット撮影による戯画的な誇張が際立っているという点で、アメリカンニューシネマ風だった『悪魔のいけにえ』とはそもそも別種の映画だという風に今は思えます。

中盤、ロバート・イングランドが恋人っぽいギャルと部屋でいちゃつくシーンがありますが、わざわざ彼女の裸体をじっくりと画面に捉えるあたりが素晴らしく、私はあの手の脳天気(と言う割りに、画面は不気味なまでに暗いのですが)とも言えるシーンがあるからこそ、本作を強く支持したいと思いました。ホラー映画において、彼女のような女性は、100%死ななければならないと強く確信させ、実際、その通りになるというあたりも。

さて、ネヴィル・ブランドが殺人を犯す過程で苦悩するシーンが幾度か登場しますが、それはまさに『悪魔のいけにえ』においてレザー・フェイスが窓際で苦悩するシーンと正確に重なります。彼は恐らく狂ってしまっている。まさに殺人鬼と言っていい。しかし、では何故あれほど悲痛なショットで本作が終ることになったのでしょうか。
ネヴィル・ブランドはほとんど直感的に人を殺していきますが、その後待っているのは、もはや自分で自分を抑えられないことを自覚しつつある、激しい苦悩でしかないのです。そして彼はブツブツ言いながら部屋を徘徊し、あくまで受動的な殺人を繰り返さざるを得ません。
一方で、本作で殺されていく人間たちは、等しくその家族関係が崩壊しつつあり、死を前にしてすでに自業自得的な不幸を背負ってしまっています。トビー・フーパーは彼らにまったく同情しないばかりか、むしろより悲しい男であるネヴィル・ブランドのほうにより肩入れしているかのようです。だから恐らく、彼の義足が沼に浮かぶという、あの救いのない悲しみに満ちたラストシーンを選んだのではないか、そんな風に思いました。

いずれにせよ、『悪魔の沼』を正当に評価する時が今来ているのかもしれません。
未見の方、今こそこの作品に涙しましょう。

2007年04月05日 18:47 | 邦題:あ行
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Comments

>匿名さま

コメントありがとうございました。
実はまだ再見していないのです…。
実時間と劇中時間のシンクロなんて、まったく知りませんでした。
確かに宣伝側の暴走という感じがしないでもないですね。制作側は、もっといい加減なノリだったのではないか、というのがとりあえずの私の見解です。

いずれにせよ、近く観直さなければなりませんね。
ありがとうございました。


Posted by: [M] : 2009年12月15日 19:06

遅レスに当方が気づくのも遅くなりましたが(笑)、観直しましたか?この作品、76年の初公開時は劇中と実際の時間が同時進行するという実験性をウリにしていたが、途中で僅かにジャンプしている部分があり、今はその点には触れられていないと何かで聞きました。その部分って、後ろ手に縛られたヒロインが捕らわれるシーンと、ベッドに縛られ気絶してる部分のことと思われます。それって気色悪い男に××される美貌の若奥さんみたいなそそられ、じゃなく痛々しい場面が展開されるからジャンプさせたんでしょうか?宣伝側が勝手に言ってただけで、制作側はそんな実験してるつもりは無いとも思います。どう思いますか?(ちなみに彼女はやはりあの男に・・・どうなんですかね)


Posted by: 匿名 : 2009年12月14日 10:31

>匿名さま

大のつく遅レス、ご勘弁ください。
エロティックなご指摘、ありがとうございました。
私もその手のシーンには目がないほうですが、いかんせん、劇場で観て以来観直していないので、いちゃついていたギャルが実は生きていたというシーンを確認できておりません。
いずれ確認いたしましたら、ご報告いたします。
ありがとうございました。


Posted by: [M] : 2009年11月17日 20:11

この映画、出演女優の意味の無い裸が頻繁に登場するサービス満点(?)の作品ですが、「悪魔のいけにえ」の主役マリリン・バーンズが唯一裸にされないかわりに、下着姿の彼女の全身をなめるように撮影してますよね。
浴室で服を脱ぎ下着姿になっていくショットはセクシーだし、下着姿で後ろ手に縛られた彼女が襲われるシーンもなんかエッチ。でも極めつけはガムテープで口をふさがれた彼女がベッドに縛られ必死にもがくシーンで、ソフトSM並の映像になってますね。あの肉体の動きはSEXの動きだそうで、非常にエロチックでマリリン・バーンズマニアは必見ですね(笑)。
ところで、ロバート・イングランドといちゃついていたギャルは死なずに助かってますよ。DVDで再確認してみてください。(ちなみに彼女を助ける車の運転手はカメオ出演のフーパー監督です)


Posted by: : 2009年04月24日 14:20

>fujikijunさま

こんにちは。
いいですね、トビー・フーパー特集。うらやましいです。
映画のイベントが始めてということですが、普通に映画を観るのとなんら変わらないと思います。強いて言えば、やや客層が異なるくらいですかね。全然大丈夫

『ショッキング・トゥルース』は未見なので、ぜひ感想をお聞かせください。


Posted by: [M] : 2007年05月25日 15:06

こんにちわ。今度、金沢21世紀美術館で『トピー・フーパー特集 アメリカの闇』というイベントがあって、それに参加することにしました。初めての映画イベント参加になるので、いまから若干緊張しているんですけど、しっかり眼を開けて本作を鑑賞してきたい、と思います!


Posted by: fujikijun : 2007年05月23日 11:19
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