2006年10月27日

映画短評 2006年9月編 part2

■『太陽
SOLNTSE/2005年/ロシア・イタリア・フランス・スイス/115分/アレクサンドル・ソクーロフ
(本作に関しては、もう一度観直さない限り何も言えません)

■『40歳の童貞男
THE 40 YEAR OLD VIRGIN/2005年/アメリカ/116分/ジャド・アパトー
誠実な映画だと思いました。この表現は、数分おきに頻発される下品なギャグと矛盾しそうに見えるかもしれませんが、所謂アメリカ製ラブコメディのセオリーに則り、最終的に主要人物が皆幸せになるというご都合主義が、私の目には誠実に映ったということです。

そもそもタイトルからして掴みはOKという気がしないでもない本作において、とにかく主人公とその友人達から発せられる言葉という言葉、アクションというアクションが下品でバカであるという徹底振りは感動すら覚えますし、観客を笑わせようという、ほとんどその一点にのみ費やされたであろう労力は、決して徒労に終ってはいません。

下品ですが、主題は結構真面目。つまり、童貞が当然抱えているであろうコンプレックスは、きっと乗り越えられる、ということでしょうか。まぁ私が誠実だと思ったのはこの主題自体に対してではないのですが。

ちなみに、撮影監督があのジャック・N・グリーン。イーストウッドを離れて、こんな映画を撮っていたとは…。なお、無修正版は133分。さて、どんなシーンが削られたのでしょうか。

■『女獄門帖 引き裂かれた尼僧
1977年/日本/69分/牧口雄二
『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』に続いて撮られた、東映エログロ路線。前作に続いてプロデューサーである本田達男がトビー・フーパーに影響を受け(この時点で公開されていたのは『悪魔のいけにえ』と『悪魔の沼』)、悪趣味に徹した作品を撮ろうと企画した作品です。彼は牧口監督に「この映画を観たら当分肉を喰えんような映画を作ろうや」と指示したとか。とはいっても、スプラッター的色合いは『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』の方が勝っていますが、論理を超えた事件性という点に関して言うなら、本作のほうが上かもしれません。

東映の勢いを感じさせるいい意味での“悪乗り”は2作とも共通です(双方に出演している汐路章のサディストぶりは相変わらず)。しかし、『女獄門帖 引き裂かれた尼僧』には、どう考えても本気とは思えないというか、一体何を考えているのかわからないようなシーンが存在していて、それがそのまま、先述した論理を超えた事件性として画面に現れるからです。

本作のクライマックスにおける田島はるかと桂秀尼の対決の後、舞台となっている尼寺・愁月院が炎上するのですが、そこで何故か、奉ってあるミイラが急に立ち上がるのです。おいおい、それはありえないだろう、だってこのミイラは一応中盤でその姿を晒すものの、ほとんど物語りには貢献していないし、第一ミイラが動き出すなどという事件は、普通怪奇映画でこそ起こるものじゃないか? ジャンルの横断?
などという疑問を、本田&牧口両氏は笑い飛ばすでしょう。事実、牧口監督は、このアイディアを“生涯最高のアイディア”だと自画自賛していたらしいのです。スルメを火で炙るとその形態が変化するんだから、ミイラを火で炙って同じことが起こってもOKだ、と。しかし、何という強引な論理展開。この論理はまったくもって支離滅裂です。

だけれども、このミイラの唐突な直立こそが、この映画を私に記憶せしめているとも思うのです。つまり、私はまんまと彼らの思惑に加担していることになります。
というわけで、この呪われた映画のほとんど“忌まわしい”記憶は、私の奥底にこびりついていくでしょう。

■『盲獣
1969年/日本/84分/増村保造
たった3人の登場人物が、ほとんど1ヶ所に限定された舞台で愛憎劇を繰り広げます。ある親子と1人の女。そこには、もはや取り返しのつかないほど歪んでしまった愛が渦巻いているようです。そして、主要な舞台であるアトリエの異様な造形が、この映画のサスペンスとロマンスをどれほど加速させることか。
『盲獣』は、84分というそれほど長くはない上映時間を、まるで永遠の窒息状態と錯覚させるような、すこぶる恐ろしい映画です。

端的に言うなら、『盲獣』は触覚の映画だと思います。見ることを禁じられた彫刻家・船越英二が最初に登場するシーンに始まり、緑魔子との凄絶な心中に至るまで、この映画には人間の触覚が齎すあらゆる感情が凝縮されているかのようです。

船越英二と母親である千石規子の関係は、ほとんど近親相姦的です。だからこそ、母親は途中で監禁の手を緩めもするのですが、それが運悪く息子にばれてしまった時の悲劇。母親はここで死ぬことになりますが、それよりも、目の見えない船越英二が空気の揺れと微かな音を頼りに緑魔子を追いつめていく描写の恐ろしさはただごとではありません。

船越英二の歪んだ、しかし直線的な愛から遂に逃れられなくなってしまった緑魔子が、次第に自らその深みへと堕ちていく様には説得力があり、その愛の到達点には死しか残されていないというあたりの悲劇性も見事。彼女の身体を切り刻んでいく様と、それとシンクロする形で彼女の彫刻がやはり切り落とされていくというカットバックも、2人が始めて出会うギャラリーにおける、気味の悪いシンクロ描写があったからこそ生きてくるのです。

上映後、悪夢から覚めたような感覚を味わうこと必至の1本。

■『鉄西区
Tie Xi Qu/2003年/中国/545分/王兵
(長くなりそうでしたので、本作に関しては単独で書きます)

2006年10月27日 16:24 | 映画雑記
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Comments

>雄さん

時代なんでしょうね、やはり。
ピンキーバイオレンスというかエログロというか、現在ではピンク映画が一手に引き受けている感じですが、それをメジャーがやってたんですからね。
どのくらいの収益があったのか、興味深いところです。

実は増村をほとんど観ていないので、これからこういう驚きが続くと思うと、ぞくぞくします。


Posted by: [M] : 2006年10月31日 17:18

『盲獣』、私もこの映画を見たとき(15年ほど前)の、悪夢のなかに引きずり込まれたような感覚をありありと思い出します。ぞろぞろとこちらの皮膚を逆撫でしてくる気持ち悪さは忘れられません。

こんな映画がよくも5社体制のなかでできたものです。いや、『徳川女刑罰』シリーズともども、1本1本の中身や収益より、プログラム・ピクチャーでともかく毎週埋めなければいけない「隙間」があったからこそ出来た映画かもしれませんね。

増村は当時、押しも押されぬ大映のエースですから、「江戸川乱歩原作のエロス満載」程度の企画で通ってしまったのでしょうが、したたかな作家魂には脱帽するしかありません。


Posted by: : 2006年10月31日 11:02

>かおるさん

下半期1位ですか。下半身1位とも言えるような…。

いや、私もかなり楽しませてもらいました。
女性も楽しめるというあたり、流石アメリカンバカコメディですね。

今後のスケジュールを考えると、後2ヶ月で恐らく5本は下らない傑作に出会えそうな予感がしています。


Posted by: [M] : 2006年10月31日 09:28

「40歳の童貞男」ご覧になったんですねーー!
これはホントにもう大変な映画でした。私の中では下半期第1位になります。2006年でも上位に食い込むであろう作品になりましたデス!お笑いがいっぱいで失禁寸前になるなか、3人の友達が抱えるテーマってのも「男の複雑なナントカ」っていいますか・・・。まぁ私は一応女なんで偉そうなことも言えませんけどね(笑)。とにかくハマッて、観た翌日には某サイトでDVDを予約して、既に手元にある状態だったりして(笑)。
今年もあと2ヶ月ですね。どんな映画に出会えることでしょう。


Posted by: かおる : 2006年10月30日 20:14
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