2006年10月23日

映画短評 2006年9月編 part1

■『マイアミ・バイス
MIAMI VICE/2006年/アメリカ/132分/マイケル・マン

マイケル・マンを心から素晴らしいと思ったことは一度も無いのに、何故か新作がかかるたびに観なければ思ってしまうのですが、いざ作品を観終えた時、やはり若干の居心地の悪さを感じてしまいます。最近はこの繰り返しと言ってもいい。

彼の作品に美点が存在することは確かです。
とりわけそのガンアクションに関して、マイケル・マンには並ならぬこだわりがあるように思います。“対決の作家”である彼がもっと早く生まれていたなら、絶対に西部劇を撮っていたはずだと思うのですが、西部の保安官やならず者を描けなかった彼が、刑事ドラマを何作も撮ったのは、だから必然ではないでしょうか。

近年特に思うのですが、マイケル・マンの映画に出てくる登場人物が銃を構える時、その姿は非常に堂に入った感じがします。両手で慎重に銃を構える彼らは、無作為にバンバン銃を撃ちまくるというより、一発の銃弾の重さを知っているかのように、正確に標的を狙う。その仕草は、当たり前ですが映画でしか眼にすることがないもののような気がして、だからこそ私は感動してしまいます。

さて『マイアミバイス』ですが、往年のテレビシリーズを私はまったく観ていないので、これをテレビの延長としてではなく、一つの刑事ドラマとして観ました。共に演技派(?)であるコリン・ファレルとジェイミー・フォックス、本作においてはどう見てもマフィアにしか見えず、そんな彼らが麻薬取締りの刑事であるという設定は悪くない。ちょうど『コラテラル』のトム・クルーズがいささかも殺し屋には見えなかったにもかかわらず、決して悪くはなかったように。
加えて、本作のガンアクションは、これまで観た弾丸マイケル・マン作品の中でも最もいい出来栄えに属すると個人的には思いました。銃を撃つ時の、そしてが対象を捉える時の重低音。これが凄まじいほどの迫力を放っています。

非常に地味で、笑いの要素など一切無いシリアスドラマであるがゆえに、刑事ドラマにありがちなハッピーエンドを期待する観客は、果たしてどれほど楽しめるのか疑問ではあります。しかし、徹底的にリアリズムに拘り、そしていつにもましてノワールに拘ったマイケル・マンの硬派に、今回は賞賛を送りたいと思います。

ただし、コン・リーとのラブシーンはあれでよかったのかどうか……女性で言うなら、彼ら2人の同僚の女性、彼女はかなり印象に残りました。なかなかイカした台詞を言いながら男の頭を撃ち抜くシーンなど、特に。

■『亀虫』(「亀虫の兄弟」「亀虫の嫁」「亀虫の妹」「亀虫の性」「台なし物語」)
2003年/日本/61分/冨永昌敬
■『テトラポッド・レポート
2003年/日本/15分/冨永昌敬

冨永昌敬が一部で熱狂的に評価されているのは知っていますが、寡聞にして彼自身を深く論じたモノグラフィーや、それぞれの作品に関する詳細な記述や批評も読んだことがないので、正直、作品を観るまではおぼろげなイメージすら結ぶことがなかったのですが、実際に作品を観てみると、これが確かに面白いのです。

例えば昨年鑑賞した『シャーリー・テンプル・ジャポン・パートII』における超長回しだとか、トリッキーなフランス語字幕等々、そのテクニックが極めて独創的である点は容易に理解できるものの、連作『亀虫』や『テトラポッド・レポート』の面白さをどう評すべきなのか、非常に言葉に詰まってしまいます。

練習のつもりで撮ったという『亀虫』はシナリオも含めほとんど準備がなされず、物語自体もほとんど思いつきみたいなノリで展開していきます。端的に言って、内容は空疎だと言えますが、しかし、それは彼の資質というか褒めるべき点だと、観終えた今なら断言出来ます。無内容の中にも、図らずも(?)映画的なショットが紛れ込んでいたりして驚かされたりもするし、我々の日常生活と何ら変わりないという意味で、凡庸極まりないショット(しかしそれは長回しなのでやはり凡庸でもないのですが)に馬鹿馬鹿しいほどに大袈裟なナレーションが介入してきて思わず笑ってしまうし。

全部が冗談なんだろうと確信することも出来ず、真剣に観ていると肩透かしを食らう。
映画において、ギャグで人を笑わせるのは実は観ているよりも余程困難な試みだと私は常に思っているわけですが、彼の映画には本当に素直に笑ってしまうのです。『亀虫』における目白通り沿いのガストとアコムとレッドロブスターのギャグ。あんな芸当は誰でも出来ることではないと、笑いながらも実は結構戦慄しました。天才? まさか…。

本当に困ってしまう映画作家とは、きっと彼のような人間を指すのでしょう。
ちなみに、やはり内容がまるでわからない、というか無いに等しい『テトラポッド・レポート』に関しては、やはり面白かった印象はあるものの、困ったことにほとんど記憶がありません。ああ、困った困った。

■『X-MEN:ファイナル ディシジョン
X-MEN: THE LAST STAND/2006年/アメリカ/105分/ブレット・ラトナー
シリーズ完結篇ということで、主要な人物が死ぬだろうことは予想していました。前2作とは監督も異なるので、これまで築き上げられたキャラクターを、ではどのように殺してみせるのかが私にとっての最大の見所になると思っていました。

序盤でサイクロプスがあっさりと死ぬ時、その死に様は描かれません。なるほど、これは悪くない。サイクロプスはキャラクター的には若干弱いんじゃないかと感じていましたから、この程度でいいだろうと納得。そのかわり、死んだと思われていたジーンが生き返るのですが、すでに予告編を観てしまっていたので、彼女が最終的な敵であることはわかっていました。

そして中盤のジーンとプロフェッサーXとの対決。
もちろん、ジーンが負けることはないのでその勝敗は観なくても明らかですが、ここでプロフェッサーXが無残に殺されるとは予想しておらず、その死に様も含め、なかなかいいなと思いました。

本作では、ジーンの隠された力がどのくらい強大なものなのかが重要でした。
CGに頼ったアクションシーンにおいて、時に人は、悪い意味で呆気なく死んでいくものですが、ラストの全面戦争でジーンが力を解放し、辺りにいるものをことごとく破壊していく時の描写は全く面白くなく、例えるなら『マトリックス リローデッド』において、増殖したエージェントがポンポン吹っ飛んでいく様と同じように味気ないな、と。その前に、ミュータント過激派のボス・マグニートー一味が、ゴールデンゲートブリッジを破壊しつつ上手く足場にしながら島に潜入するあたりのCGは面白かっただけに、残念。

自分の欲望を“他者(本作ではミュータント)のため”という論理に置き換えて行使しようとする権力者の存在が描かれていましたが、監督はその権力者とミュータントである息子との確執と息子の解放によって、現在のアメリカを象徴するようなこの構図を暗に批判していたのかもしれません。

ちなみに、楽しみにしていたエレン・ペイジの活躍はほとんど記憶にありません。
『ハード・キャンディ』のインパクトが強すぎたか?

■『マッチポイント
MATCH POINT/2005年/イギリス・アメリカ・ルクセンブルグ/124分/ウディ・アレン
スカーレット・ヨハンソンが最初に登場するシーン、確か後ろに窓を配しピンポンをするシーンだったと思いますが、あの時の彼女は身震いするほど美しく、そして妖しい雰囲気を身に纏っていました。ほとんどファム・ファタールだと確信させるそのショットを観て、その手の女性に滅法弱い私は快哉を叫び、それだけでこの映画はもういいんだと思ってしまいそうになるほど。

冒頭、ネットすれすれに当たるボールの軌跡がスローモーションで律儀に示され、この映画の主題が説明されます。結局は運が左右するという実も蓋もないような主題を、流石はウッディ・アレン、恋愛だったり犯罪だったり捜査だったりをうまいことちりばめつつ、そつなく纏め上げていたように思います。

舞台がイギリスであることは重要でしょう。この物語は、未だ階級というものが厳然と存在しているイギリスであるからこそ生きてくる。ウッディ・アレンにおけるイギリスは、今後も定着していくのでしょうか。

運命の女=スカーレット・ヨハンソンは、妖しげな女、売れない女優、嫉妬に狂う愛人、運悪く殺される被害者という4つの顔を、見事に演じきっていました。前半と後半の彼女はまるで別人のよう。あの変貌振りだけでも、賞賛に値するかと。ウッディ・アレンの演出の冴えといったところでしょうか。

顔も性格も行いも階級すらも関係なく、結局人は、運の良い人と悪い人という二種類にわけられ、そのどちらに転ぶかは誰にもわからないということ。私の場合はほとんどスカーレット・ヨハンソンに終始してしまいましたが、面白い映画だったとは思います。

■『グエムル -漢江の怪物-
THE HOST/2006年/韓国/120分/ポン・ジュノ

そもそもこういった映画は嫌いではありませんが、本作において、ポン・ジュノという監督は本当によくやってくれたと思います。何より、決してハッピーエンドとは言い難いあの結末がいい。もちろん、そこにはある種の“軽さ”が備わっている。この辺りのバランスがポン・ジュノの持ち味かもしれません。

初めて怪物が川から陸に上がった時のあの拍子抜け感。水の中からザッパーンと出てくると思い込んでいた私は、ああ、そう来たか…という敗北感に思わず笑ってしまいました。その後、怪物が人間を襲う描写にはそれほど新味はないのですが、逃げる人々と追う怪物の切り替えしというセオリーはきちんと踏まえられていたと思います。やっぱりああいうショットがないと盛り上がれません(ソン・ガンホが娘だと思いこんで手を繋いだ子が、実は他人の子だったというショット。ああいうお決まりのショットです)。

アーチェリーの選手であるペ・ドゥナが、怪物に向かって確か3回ほど弓を構えるのですが、そのいずれも失敗するという伏線は、もちろん最後に成功することで生きて来るのだろうと予想させるのですが、そうと解っていても、ラストで彼女が怪物に弓を射る姿は美しく、まるで『宇宙戦争』のクライマックスにおいて、形成が逆転する(初めてあの巨大なトライポッドにバズーカ砲が直撃する)瞬間を想起させました。

いよいよ怪物vs家族の決戦という段階で、家族3人の命を奪うことになるのが、ほかならぬ人間であったという残酷な事実。軍隊が撒いた毒薬は、怪物を弱らせるだけでなく、彼らの命をも奪うことになるのです。しかし、だからこそ、彼らが最後のトドメを刺すというほとんどわかりきった描写に強度が備わるのでしょう。ソン・ガンホが最後に鉄柱を突き刺す瞬間、私はかなり興奮していました。それは多分、これまで観てきた怪物映画では感じたことのない類の興奮だったように思います。

2006年10月23日 10:15 | 映画雑記
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Title: 『マッチポイント』のイギリス度
Excerpt: 『マッチポイント』でいちばん興味があったのは、デビュー以来ずっとニューヨークを舞
From: Days of Books, Films
Date: 2006.10.24
Comments

>雄さん

『コラテラル』を撮影したディオン・ビーブは夜の撮影に最新の高解像度デジタルカメラを使用しましたが、今回はマイアミを舞台にしていても、ほとんどがノワールでしたね。同じくディオン・ビーブが全編そのカメラを使用したとか。何だかんだ言いつつ、やっぱり今後も観てしまいそうです。

スカーレット・ヨハンソンって姿勢がいいんですかね、胸の隆起ばかりが目に付いてしまいます。それは『ブラックダリア』でもそうでしたが、個人的にあの時代の女性の衣装より、いかにも現代的な衣装のほうがよりエロティックだと思いました。メイクもまた同様です。


Posted by: [M] : 2006年10月24日 12:26

私もマイケル・マンに平凡な監督という印象しかなかったのですが、『コラテラル』『マイアミ・バイス』と見て、おや、と思いました。徹底してノワールにこだわってほしいものです。

おっしゃるように、スカーレット・ヨハンソン登場の逆光のシーンは絶品でした。『ブラック・ダリア』より「衣装の差」、なるほどね。「白」の裏に隠れた肉感がエロティックでした。


Posted by: : 2006年10月24日 12:13

>chocolateさん

亀(笑)
これは是非dvdでご覧下さい。ズバリ、必見です。

エレン・ペイジの能力は壁抜けという地味な(?)ものでしたから。あの映像は、やはり『マトリックス・リローデッド』のザ・ツインズで経験済みなので、新味はありませんでした。まぁ随分脇役ですし、これからの女優でしょう。

スカーレット・ヨハンソンは『ブラック・ダリア』でも輝いていましたが、衣装の差で『マッチポイント』のほうが好みです。


Posted by: [M] : 2006年10月23日 16:04

>かおるさん

まだまだpart1です。あと5本。。。
しかも、観た直後に書いておけばいいもののそうはしておらず、無理やり思い出しつつ書いてます。やっぱり無理がありますね。

『マイアミバイス』ですが、やっぱり全的には肯定出来ないんですが、ところどころ楽しませてもらったし、まぁまぁというところです。確かに女性のファンというのはあまり聞きませんね。

『グエムル』、本当はもっと詳細に書きたかったんです。それくらい、この映画に対しては肯定的なんですが、いかんせん記憶が…。


Posted by: [M] : 2006年10月23日 15:57

こんにちわ。

色々ご覧になったんですねー。
私も「亀」以外は全部見ました。

「X-MEN」エレン・ペイジ、
私も思ったよりも活躍しなかったなーって思いました。
やっぱり「ハード・キャンディ」のせいでしょうね、そう思うのは。(笑)

「マッチ・ポイント」のスカ嬢の魔性の女っぷりには
同性の私もやられましたー。
Mさんはああいう女性に弱いんですね、ふふふ。


Posted by: chocolate : 2006年10月23日 15:53

イッキに書きましたね。これは観た直後に書いておいたのかしら??私なんて映画観たら2〜3日で感想書かないとどんどん薄れてしまいますから・・・(汗)。
「マイアミバイス」がMさんに好印象だったのはちょっと意外だわ。私もドラマは数回しか観てないから先入観みたいなものはほとんどなかったけど、それでもムダに長くて愛するコリン・ファレルは「せんだみつお」にしか見えなかったし(涙)。マイケル・マンの『男の美学』、やっぱり女には通用しないんだわ。
「グエムル」はやっぱり「宇宙戦争」を連想させるものがありましたよね。それでも「怖い系」にしないでちょっとコメディタッチにしたのは正解だったと・・・。


Posted by: かおる : 2006年10月23日 13:44
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