2006年09月08日

『ジョルジュ・バタイユ ママン』、映画≠小説

ジョルジュ・バタイユ ママン原題:MA MERE
上映時間:110分
監督:クリストフ・オノレ

本作は、“死”と“エロス”の思想家だったジョルジュ・バタイユの遺作「聖なる神」から「わが母」を映画化したものです。バタイユといえば迷わず「眼球譚」と答えてしまうだろう私、学生時代にこれを読んで大いに衝撃を受けて以来、幾度か彼の著作に挑戦し、時に挫折したりしながら結局全部読み終えたのは「眼球譚」に加え「マダムエドワルダ」と「死者」だけという、なんともまぁ情けない限りですが、澁澤龍彦の著作を読めば、彼の名前が何度も登場するし、なんだか分かったような気になったりもしたものです。ただし恐らく、ではバタイユとは誰か、と聞かれても、ああ、そうだなぁ……などといいながら最終的に言葉を濁してしまうに違いないでしょう。

さて、タイトルに敢えて「ジョルジュ・バタイユ」とつけたことで観る人間をかなり選んでいるらしい本作、イザベル・ユペールとルイ・ガレルが親子なんていう物語で、しかもR-18指定などと聞くだけで、ただならぬ期待を抱かせずにはおきませんでしたが、実際に観てみると、これがまぁ何とも言いがたい作品で、簡単に言ってしまえば面白くはない映画でした。ただ私の場合、“面白くない”という言葉は賛辞として使うことも多く、だから、もう少しだけ検証してみたいと思います。これは一体、どんな映画なのでしょう。

近親相姦の話だ、と言って言えないことはありません。あるいは人間の本性(エロス)を巡る話だとも。しかし、そんな話は今どき珍しくもなんともないとは思います。私にとって肝要なのは、バタイユ的なエロス(とかいいつつもそんなものは説明出来ませんが)がどのように映像化されているのか、という部分かと。

R-18ということで、当然セックスシーンは数回にわたって登場します。
しかし近親相姦といいつつも、親子のセックスは実は直接的には描かれてはいませんでした。描かれるセックスの多くは息子と、母にあてがわれた別の女性(ジョアンナ・プレイス)とによるものです。バイセクシャルだったり暴力的だったりするセックスは、キリスト教的な見地に立てばそれだけで相当背徳的で冒涜的でもあるのでしょうが、それが映画として描かれた場合、途端に通俗的になってしまいかねないのは、この映画が背負う宿命なのでしょうか。確かに、あれらサディスティックなセックスは、そのディテールも含め、原作にも書かれていそうな気配が漂ってはいたのですが…。

母親が息子の潜在的なエロスを白日のもとに暴き出す――それはすこぶる魅力的なテーマですが、どうもその過程があまりにも端折られているのか、急速に変貌していく息子と、同じく急速に死へと走る母親に対する違和感が否めませんでした。これもまた、バタイユの著作が、どうしても映画というメディアとなかなか折り合いをつけようとはしなかったということなのかもしれません。あらゆる倒錯の描写も、単なるエピソードとしてしか映らず、そこに流れる何かどろどろとした得体の知れない情念のようなものが、綺麗にそぎ落とされていたような気も。まぁこんなこともあくまでイメージでしかなく、私の思い込みに過ぎないのでしょう。

感動的な場面が無かったわけではありません。ラストシーンで、母親の遺体を前にした息子が、何かに取り付かれたように、おもむろに自慰行為を始めるのですが、あれがエロスとタナトスの緊張感極まる関係性というやつだ、とか説明されたとしたら、ああ、そうかもなぁ、と納得は出来ます。それが神への最大の冒涜、なのかどうかは分かりませんが……

結局私は、バタイユの映画など観たくはなかったのかもしれません。いや、そんな映画の存在は、知らないほうが幸せだったのです。そもそも比較することが不可能な小説と映画。この二者の間にある決定的差異を、本作は思い知らせてくれました。強いて言うなら、それが本作を観た上での最大の収穫だったということです。もう一つ、この「わが母」という小説を読んでみようと思わせてくれたことも。

冒頭の話に立ち返れば、本作はそのままの意味で面白くはないけれど、何も収穫がないという類の映画でもない、ということで曖昧に結論しておきます。

2006年09月08日 20:00 | 邦題:さ行
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Comments

Ken-Uさん、こんにちは。

時期が大分ずれてしまいましたが、何とか書いてみました。やっぱり時間が経ってしまうとシーンを忘れてしまっている分、細部に踏み込めず駄目ですね。この文章で実感しました。

いや、私も観ていて特に破綻を感じたりはしなかったので、別の言い方をすれば、上手く撮れていたと言えるのかもしれません。私も場合は、妙な先入観があっただけなのかも。

TBに関しては、こちらとしては全く問題ありませんので、今後もお気軽にどうぞ。
夏の終わりを機に、私もなるべく多くのレビューを、とは思っていますので、今後ともよろしくです。


Posted by: [M] : 2006年09月11日 18:11

[M]さん、おじゃまします。

この作品のレビューはスルーされるのかと思っていたので、意外なタイミングとはいえ、アップされてありがたく思っています。[M]さんのレビューを利用して、この作品を復習したいと考えていたものですから。

>あらゆる倒錯の描写も、単なるエピソードとしてしか映らず、そこに流れる何かどろどろとした得体の知れない情念のようなものが、綺麗にそぎ落とされていたような気も。

これはたしかにそんな印象を受けました。描くべきものをそつなく描いているようで、何かが抜けてしまっているような。自分でそれを補足しようにも、そのための余白が意外に少ないような、そんな作品だったのかもしれません。と同時に、うまくできているような気もするんですが...

で、TBしようかとも考えたのですが、自分のエントリーは、結局のところ、作品についてはキャスティングくらいにしか触れていないことに気づき、今回は遠慮することにしました。

[M]さんのレビューのおかげで、この作品の整理を頭の中で進めることができたような気がします。あと、夏も終わりですから、これからレビューの数が増えていくことを勝手に期待しております。


Posted by: Ken-U : 2006年09月10日 20:08
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