2006年09月08日

『水の花』は嫉妬の対象足りえる映画である

水の花原題:水の花
上映時間:111分
監督:木下雄介

監督の木下雄介は、『鳥籠』という作品で「第25回ぴあフィルムフェスティバル/PFFアワード2003」で準グランプリと観客賞のダブル受賞を果たした結果、第15回PFFスカラシップの権利を手にし、若干24歳で本作を撮りあげました。つまり本作は、長編劇映画デビュー作になります。

『水の花』を観た誰しもが、この映画の独特な画面設計を思い出すでしょう。強固なフィックスショットと横移動が、いずれもかなりの長回しで撮られているのを観て感じることは2つ。それは、木下監督の作家性と、日本映画のある種の潮流です。もちろん、そんなものが本当にあるかどうかは定かではないのですが、ふとその2点について思いをめぐらせたりしました。

本作は大きく3つのパートにわけることが出来ます。まずは主人公である2人の少女、美奈子と優が置かれている現状があくまで控えめに示されるシークエンス。次にその2人の出会いから東北の海沿いにある祖父母の家に到着するまでのシークエンス。そして、彼女達による数日間の共同生活とそれが終焉するまでのシークエンス、という具合に。
物語は非常に明快、そもそもここに描かれた世界はかなり限られたものです。その分、異父姉妹である美奈子と優の、それぞれの感情の動きをじっくりと見据えようとする画面の連鎖だけが印象に残ります。監督がフィックスによるワンシーンワンショットに拘ったのも、映画においては決して画面に映ってはくれない“感情”の静かな揺らぎ、それは時に殺意にまで到達しかねない憎悪にも似た感情だったり、無垢で無邪気な感情だったり、あるいは優しさのようなものだったりもするのですが、それらをいかにして観客に“伝える”のか、画面に映らない感情は、しかし、画面を通してしか観客には伝わらないのです。本作におけるワンシーンワンショットは、だから、決して小手先のテクニックではないと私は思いました。

頑ななフィックスショットにも増して私の記憶に深く刻まれたのが、2度にわたって画面を躍動させる長い横移動のショットです。1度目は、娘の捜索願を出した警察署から、黒沢あすかが一人で出てきて歩き出す場面。感極まった彼女は突然泣き出し、それでもふらふらしながら歩いているのですが、途中で躓いてしまう。そこからまた立ち直って再度歩き出すまでを捉えた、画面左から右にかけての横移動がどれほどの強度をもっていたことか。彼女の演出もさることながら、いつ画面が切り替わってしまうのか不安にさせるかのような、あの緩慢な横移動が素晴らしい。対象までの距離、歩く速度、運動が途切れる瞬間の演出などが、映画の文法からややはみ出した過剰さを微塵も感じさせず、あくまで静かに画面を漲らせていました。
2度目にそれを目にするのはラスト、優を失い一人になった美奈子が、海沿いの道をやはり画面左から右に歩く場面です。1度目のシーンと異なるのは、このシーンには歩く対象以外にもう一つの運動があること。それは言うまでもなく、画面手前に向かって押し寄せるいささか荒れた海の波です。美奈子の心の内が、その力ない動きと共に、荒い波としても表現されているようなそのシーンでも、やはり、彼女は立ち止まるのです。そして次の瞬間、座り込んでしまった彼女が立ち上がった時に、カメラは正面から美奈子を捉える。あの瞬間、映画が終るということが直感で理解されました。つまり、あのラストシーンは見事なそれだったということでしょう。

古びた祖父母の家の庭で優がバレエを踊るシーンも忘れがたい。ピアノの音がそのまま伴奏に変わっていくシーンは常套とはいえ感動的で、それがあのぎこちないバレエを妙に盛り上げています。画面はやはり寄りもしないし引きもしない。しかし素っ気無さを感じさせず、むしろあまりに潤った画面に私も感情を乱されそうになったことを最後に記しておきたいと思います。

一つつまらない告白をします。
これまで映画を撮ることなど微塵も考えたことのなかった私ですが、それでも今、死ぬまでに何らかの映像を撮ってみたいと思わないこともないのです。もちろん、上映されるあてのないそんな映像は、映画とは無縁のものに違いないとすでに諦観してもいるのですが。
では何故こんな話を書くのかというと、私が撮ってみたいと思っていた映像(あくまで映画ではありません)は、まさにこの『水の花』のようなそれだったということに気づいてしまったからです。これは正直に言うとショックというほか無く、畜生!最初からあんな海撮りやがって!と思わず嫉妬めいた言葉が漏れてきそうにもなるのですが、だからこそというか、私は木下監督が本作を撮った24歳という年齢をこそ重視したいと思っています。才能というやつは恐ろしいです。

2006年09月08日 12:37 | 邦題:ま行
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Title: 水の花
Excerpt: PFF絡みの作品は優秀なのが多いよな~ 去年の「運命じゃない人」もよかったけど、「水の花」もいい。 父親と2人で暮らす中学生の美奈子(寺島咲)は、 幼い...
From: Chocolate Blog
Date: 2006.09.08
Comments

>Chocolateさま

こんばんは。バレエのシーンは結構きました。フレームから切れるか切れないかのところで踊るあの危うげな踊りをみて、映画における踊りも、まだ自分が知らないこういうバリエーションがあったんだなと思いましたね。

まぁ映画を撮りたかったなんて書きましたが、私が撮る映像は飽くまで映像であって、映画ではない代物であることはすでにわかりきっています。ただし、そういう映像を撮りたいという気持ちはあるので、機が熟したら、実行に移したいとは思っています。で、それがいつになるかは、まったくわかりません。。。


Posted by: [M] : 2006年09月09日 00:56

こんばんわっ。

この映画すごく印象的でした。
(特にバレエのシーンが)
そして自分でもよくわかりませんが、
上映中は何故かずーっとドキドキしながら見てしまいました。

Mさんは映画を撮りたいのですねー。
死ぬまでに1本ぐらい撮ってみたらいいじゃないですか!
私は物書きになりたいと思ってたことがあって、
書いたことありましたよ。(笑)


Posted by: Chocolate : 2006年09月08日 22:02
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