2006年08月03日

ある日の会話〜『M:i:III』を観て

M:I:III原題:MISSION IMPOSSIBLE III
上映時間:126分
監督:J・J・エイブラムス


[M]:このところ、トム・クルーズの新作といえば一緒に観に行くのが通例となってきたね。で、こうして飲みながら話すとやけに盛り上がるんだけど、それはやっぱり我々がトム・クルーズ党だからなのか、それとも彼が出演しているここ最近の映画が面白いのか、どっちだろうね。率直に言って今回のどうだった?

ng:最近の彼が面白いっていうのはあるんじゃないかな。しかし今回のは面白かったね、かなり。今までのシリーズで一番面白いかもしれない。

[M]:それは俺も同じだな。確かに最高傑作だと思うよ。これまでと明らかに何かが違ったよね。トム・クルーズに関しては相変わらずだったけど、やっぱり新しい点もあった気がする。

これまでと何が違うのか?
ng:何か、映像がさ。CGの使い方というか見せ方という点で、今回は良かった。例えば、トム・クルーズがミサイルの爆撃でふっ飛ぶシーンがあったじゃん? あのデカい爆発と、爆風でちょっと不自然にふっ飛んで車に叩きつけられて窓ガラスが割れるっていう、あれは最高でしたよ。今回はアクションも結構自分でやっているよね。

[M]:ああ、あそこね。一瞬ふわっと浮いてから叩きつけられる感じね。あのシーンも含めて、今回のトム・クルーズはさ、『宇宙戦争』の彼とダブらない? 何か全速力で逃げるシーンの印象が強いんだよ。常に劣勢に追い込まれるクルーズ、というかね。例えば冒頭のシーン、あれはラスト近くのクライマックスを冒頭に持ってくるという、まぁアメリカ映画ではそれほど珍しくないドラマ構成なんだけどさ、あの時のトム・クルーズの演出は、ちょっと新しくなかった?

ng:確かにね。10数えるうちに、トム・クルーズの態度がどんどん変わっていってさ。恋人の足が撃たれた時、「お前を絶対に殺してやる!」なんて激昂してたね。感情むき出しって言う感じで。所謂ヒーローとしてのトム・クルーズ像を、今回は自ら壊したのかもしれない。いや、それはここ数年の彼に共通しているのかも。激昂したかと思えば、次のカウントで急に情けない表情に戻ってさ。あの表情、やっぱり『宇宙戦争』で、ダコタ・ファニングに子守唄を歌ってやれない時の何とも言えない表情に重なるかも。

[M]:今回新しく起用されたJ・J・エイブラムスは、テレビ出身なんだよね。『LOST』って観た? お前アメリカのドラマ結構観てるんでしょ。

ng:ああ、あの監督なんだ? 第1話だけ観たけど、なるほどね。言われてみれば……。

[M]:これが劇場デビュー作だから大抜擢だけど、なるほど、ドラマに力点を置いたっていうのもこれまでとは違う点なんだろうね。特に『M:i-2』と比べるとさ、あれは多少は楽しめたとは言え、やっぱりなかなか酷い出来栄えだったと思う。あまりにアクションに傾倒するあまり、ドラマ性が疎かになった、なんて阿部和重が言ってたけど、今回はそんな批評に対する一つの回答でもあるかもしれない。

ng:実際、どういう点にドラマ性が出てたと思う?

[M]:人物の背景を描こうとしていた部分かなぁ。最初がいきなり婚約パーティのシーンだったでしょう? 恋人がいて、彼女は家族になろうとしている。イーサン・ハントのバックグラウンドは、これまであまり重視されなかったし、もちろんそれはこのシリーズが“スパイ映画”だからだと思うけど、今回は、例えば3作を通して出演しているあの黒人(=ヴィング・レイムス)とトム・クルーズとの会話は、ほとんど奥さんがどーのこーのとか結婚がどーのこーのとかそんなのばっかだったじゃん。しかもほとんどがミッションの最中っていう。イーサン・ハントが普通の人間の生活を送ろうとしているという点は重要だと思う。『M:i-2』でもロマンスくらいはあったけど、最後まで独身だったでしょう。でも今回は即席とはいえ結婚式まで挙げてしまう。ミッションのほかに家族というファクターが加われば、ドラマ的要素は強くなるのは必然じゃないかね。もちろん、それも監督の撮り方次第だけど。ただ、そのドラマが人間性に深く踏み込んでいたのかと言われると……

ng:そういえばイーサンの上司も「家族が一番だ」とか言ってたよね。あの黒人も似たようなこと言ってたし。そもそも最初のパーティシーンが結構丁寧に描かれてた気がしたんだけどさ。何か彼女の親類とかいっぱい出てきてたじゃない? あの辺りもお前の言う背景を描くっていうことかね。
変な弟みたいのは途中にも出てきてたけど、あいつは何なの? 全然大事なシーンじゃなかったでしょう?

[M]:あれは恋人の弟でしょう。確かに大事なシーンではなかった気がするけど。
しかしあれだね、これはやっぱりシリーズものだから、一応しかるべきシーンは引き継がれていたな。

ng:ワイヤーで降りてきて地面すれすれでピタっと止まるとことか。ただ、もうすでにそれが見せ場だとは言えないでしょう。

好きなシーンについて
[M]:まぁね。じゃあ本作の見せ場はどこなんだ、っていう話だけど。

ng:俺が一番良かったのは、あのバチカン潜入前のシーン。あれは良かったナァ…。

[M]:見せ場っていうにはあまりに小さいな……でもあそこは最高だった。実は俺もあのシーンが好きなんだよ。素晴らしいね、あそこは。イタリア語を話すトム・クルーズとジョナサン・リース・マイヤーズ、っていうだけじゃなく、彼らの身振りのわざとらしさとか、怒鳴ってくるイタリア人の感動的なイタリア人らしさときたらもう…。しまいには怒ってた彼が最後に「ciao!」なんつって。いいよなぁ、ああいう小さい挿話。たまらないね。

ng:あとさ、最初のヘリコプターのチェイスシーン。あの舞台、設定ではベルリンで、ベルリンに本当にあんな風力発電プラントはあるのかはわからないけど、よく撮れてると思うよ。ミサイルが風車に直撃するCGなんかは凄かったね。

[M]:風車の破片が地面に突き刺さるあたりもね。羊の群れに風車の破片がズバッと刺さるイメージはなかなか記憶に残る。しかも、あのシーンは言ってみれば二重に追われるシーンじゃない? 一つは追手のヘリに、もう一つは救出した部下の頭に埋め込まれた時限装置の爆発に。空間的なチェイスと時間的なチェイスが幾度も切り返されて、ちょっとスピルバーグを思い出したよ。高度なサスペンスというかね。
サスペンスと言えばさ、トム・クルーズがフィリップ・シーモア・ホフマンに成りすました時に、用心棒がトイレに入って来て近づこうとするじゃん。偽声のコンパイル完了まであと30秒あって、そこでやっぱり時間的にも空間的にも追われているんだよね。もちろんギリギリで間に合うんだけど。上手いよね、ああいうの。

ng:うん。しかしヘリのシーンの最後はなかなかショッキングだったね。

[M]:よくぞ見せてくれたって感じだよ、あのシーンは。しかもクローズアップだからね。俺はまた、小規模の爆発になって、ヘリが落ちるなんて予想してたんだけどさ。そしたら“脳内の”爆発だからね。迫力が無い代わりに妙にリアルで。ほんの一瞬「キュン」っていう音がして、彼女の表情が変わるっていうあの演出は、ほとんどSFホラーみたいな感じだったよ。不気味で、残酷で。

ng:確か全部で3回くらい見せてたね。監督、あの顔が撮りたかったんだろうなぁ…。左目が完全に逝っちゃってたね。右目も斜め上を見てたし。

本作はスパイ映画なのか?
[M]:『M:i:III』は何映画になると思う? 今回もサスペンス要素とかアクション要素はあったじゃない? で、ドラマ性もある。俺としてはまず、アクションの質がスパイ映画におけるアクションではないという気がしたんだけど。ビルから飛び降りるシーンがあったけど、あれなんかジャッキー・チェンのアクションそのままじゃないか、と。『Who Am I?』という映画にも、ジャッキー・チェンがビルの斜面を滑り降りるシーンがあってね。一か八か的なアクションだよね、あれは。スパイ映画のアクションは、そういうものだろうかなんて思ったんだけど。やっぱりジャッキー・チェンの『アクシデンタル・スパイ』っつう映画もさ、スパイ映画とは言えないんじゃないか、と。まぁジャッキー・チェンの映画と『M:i:III』を比べてもしょうがないんだけどさぁ。

ng:う〜ん、難しいね。俺としてはあえてジャンルに当てはめるなら、トム・クルーズ映画としか言えないけどね。まぁ『宇宙戦争』の時にも話したけど、結局このシリーズは彼がプロデューサーなわけじゃない? トム・クルーズのために存在する映画というかね。トム・クルーズはもはや一つのジャンルということかな。

[M]:なるほど。そう言われてしまうと同意するしかないなぁ。ただそれでも敢えて考えるとさ、『M:i:III』はやっぱりスパイ映画的な要素が強い気もするんだよ。だけれども、そうじゃない要素も多分にあるっていうさ。
そもそもそんなに沢山のスパイ映画を観てるわけじゃないから、確かなことは言えないんだけど、スパイ映画のアクションシーンってさ、指令系と実行系に分かれているものなんじゃないかと。主人公が完全に一人で敵を倒したり活躍したりするというよりは、チームプレイなんだよね。今回は確かにチームプレイに力点が置かれていて、指令系であるヴィング・レイムスと実行系であるトム・クルーズや部下とが、同じ画面でアクションするということがほとんど無いよね。そもそもスパイとは常に作戦に基づいて行動するものでしょう。指令と実行がカットバックされればされるほど、それは通常のアクションシーンとは離れていくと思うんだよ。あくまで私見だけど。

ng:そういえば今回は距離と時間の計測がやけに強調されてなかった? 30秒で開始だとか、1分で戻るだとか、そこまでは800mだとかさ。具体的な数字が沢山出てきてたよね。それってつまり、スパイ映画の特徴なのかもね。

[M]:正確な数字が出てくればくるほど、アクションは非現実的になると思う。でもその非現実性がスパイ映画の特性だとすれば、『M:i:III』はしっかりとスパイ映画しているということになるね。だってスパイ映画のアクションはさ、常に時間との戦いでしょ? 今回も48時間という時間制限が設けられていたけど、限られた時間の中で出来るだけスマートに不可能を可能にしようとするのがスパイ映画じゃないかなぁ。

ng:でも、そんなにスマートじゃなかったよね、今回は。上海についてすぐ、仲間と最後の作戦について話しあうけど、あそこでトム・クルーズが窓ガラスに計算式を書き始めるじゃん、一心不乱に計算しててさ。あれ最高に可笑しかったんだけど。あまりに非現実的で滑稽でね。でも今回が一番人間的だったかもしれないね。

[M]:冷静なんだか興奮しているのか分からない、むしろその間を行ったり来たりしてる感じだったね。ああいう演出、ものすごくトム・クルーズに似合っていると思う。人間的という部分で、さっきの話に戻るけど、トム・クルーズが逃げている印象が強いって言ったのもさ、もちろん、今回もこれまでどおり、一つ一つのミッションは、多少の難はあっても結果的には極めてハリウッド的に完遂されていくけど、今回重要視されたらしいドラマ性って、つまりイーサン・ハントの人間性っつうことでしょう。家族=恋人だったり、部下だったりを失うことを恐れるっていう極当たり前の感情が、ドラマ性を浮き上がらせているんだと思うんだよね。本当は彼が逃げ惑うシーンなんてそんなに無かったんだろうし、目立ってたわけではなかったはずなんだけど、そういったドラマ性があったからこそ、逃げ惑うイーサンが印象的に記憶されているのかも。感情的になったりしどろもどろになったり弱々しくなったりするイーサン・ハントを見せるというのが、今回の狙いだったということかな。

ng:やり手スパイのイーサン・ハントが、今回ばかりはあっけなく自分の秘密を悟られるよね、奥さんに。「何があったのか話して」って詰め寄られた時、話そうか迷ってたでしょ? 完璧さを誇るスパイがただの夫になる瞬間。守るべき家族っていうのが大きなテーマになっているのは、こういった点からも窺えるのかも。

やっぱりアメリカ映画
[M]:結局さ、「ラビットフット」っていうのは何だったの? っていうかただのマクガフィンに過ぎないよね、結果的には。その証拠に、最後の「ラビットフット」を奪うっていうミッションはほとんど描かれない。あそこは振り子の原理、かどうかしらないけど、とにかくあるビルから隣のビルに飛び移るっていうのを見せたかっただけで、「ラビットフット」を奪うシーンなんて1シーンもない。奪ったという事実はトム・クルーズが無線で告げる一言によってのみ示されるだけだよね。

ng:面白くなってくるのはむしろその後、冒頭のシーンがまた出てくる辺りからじゃないかな。俺的には、トム・クルーズが自ら電気ショックを促すシーンで、まさに死ぬ直前に一言「I love you..」って言うシーンが面白かったね。あんなこと言っちゃってそれが妙に絵になっちゃうのがトム・クルーズなんだって思ったけど。

[M]:電気ショックの時、加えていた木片がバキッって折れるんだよね。あれは悪くない。そういえば、銃を使ったことがない奥さんにトム・クルーズが使い方をレクチャーするシーン、あれは、序盤に出てきた、部下に銃の組み立て方を教えているシーンがあったからこそ生きてくるシーンだったと思った。でもさ、その後無事生き返ったトム・クルーズが…

ng:生き返るなり銃を構える(笑) ありえねーだろ!って思うけど、あれが今のアメリカ映画なのかね。確かに絵にはなってるかもしれないけど、あれはやりすぎかなぁ…

[M]:アメリカ映画っていう点について言えばさ、あそこまで壮大な物語の最後の決戦が、やっぱり殴り合いなんだよね。そこには最新兵器も仲間もいなくて、言ってみれば喧嘩でしょう。で、フィリップ・シーモア・ホフマンは、何の関係も無い通りかかっただけのトラックに轢かれて死ぬ、と。呆気ないと言えば言えるし、いかにもアメリカ映画だな、とも言える。

ng:あのラストシーンだって、そうじゃん。最後には絵に書いたような大団円ですよ。何故か奥さんはIMFの本部で仲間と談笑してるしさ。それで皆が祝福するわけですよ、拍手喝采で。あの黒人なんか両手を上に挙げてめっちゃ嬉しそうだったけど。
ああいうシーンもさ、あんなんで良いのかって思わなくもないよね。ハッピーエンドではい終わりみたいなさ。

[M]:よくも悪くもアメリカ映画だっていうことかね。アメリカ映画というものに守られているというか。逆に言えば、こちらを動揺させるような映画では決して無いということでしょう。楽しい映画ではあるんだけど、それだけに終らない作品が存在する以上、相対的にこの映画の出来がどれほどの出来なのかはやっぱり考えてみる必要があるかもしれない。俺達は普通に、というかそれ以上に楽しんだんだけどさ。
トム・クルーズには、是非もっと小さな映画に出て欲しい、というか制作して欲しいと思う。彼のアクション映画は楽しめるけど、もうこれで行くところまでいったのかな、という感じもするんだよね。

ng:小さな映画ねぇ…。でもトム・クルーズはやっぱり変わらない気もするけど…


(2006.7.1深夜 DEMODE QUEENにて)

2006年08月03日 12:04 | 邦題:ま行
TrackBack URL for this entry:
http://www.cinemabourg.com/mt/mt-tb.cgi/654
Trackback
Title: 『M:i:†』はいまいち興奮しなかった
Excerpt: 『M:i:†』はまずまず楽しめて2時間退屈はしなかったけど、すごい映画に出会った
From: Days of Books, Films
Date: 2006.08.04
Title: M:i:†
Excerpt: 最近ハリウッド映画から足が遠のいてる感じだったけど、 久々に見てきました~ 今回は私が大好きなドラマ「LOST」「エイリアス」の監督をやってるJJが ト...
From: Chocolate Blog
Date: 2006.08.07
Comments

>かえるさま

いや〜、これはほとんどノンフィクションなんですよ。これまでのダイアローグ篇は、まったくの自作自演でしたが、それもこの友人との会話を想定して書かれたものではあったんです。今回は限りなく実際の会話に近づけて書いてみました。
彼とは映画の話をしながら飲むとき、いつもこんな感じです。特にトム・クルーズとかスピルバーグの新作は一緒に観る事が多くなってきましたね。今度はちゃんと録音しておこうかって思います。思い出しながら書くのは結構大変なので(笑)

>Chocolateさま

今回は大分長くなってしまいました。
なんか掛け合い漫才みたな文章ですが、当人たちは至って真面目に、時間も顧みずに語らっていました。
我々、というか私としては、最終的には笑って読み流していただくことを想定してますから、良かったです。
そういわずに、是非仕事中の息抜きにでも活用してくださいませ。


Posted by: [M] : 2006年08月08日 10:09

Mさん

面白すぎなんですけどー。
もうMさんのレビューは仕事中に読めません。
顔がニヤケテしまってサボってるのがすぐバレちゃいますから。(爆)


Posted by: Chocolate : 2006年08月07日 23:32

こんにちは。
これ、一人二役じゃないですよね?w
いつもこんなに細やかに熱い談義をされているんですか?
いやー、すばらしい!
ダイアローグ篇もシリーズ化してください。
私もマグノリアのトムだけは?かっています。
かえる的にはマグノリアはかけがえのない映画ですー


Posted by: かえる : 2006年08月07日 16:10

>雄さん

どうもです。
この文章は、一緒に観た友人と鑑賞後に約2時間ぶっ通しで話した内容の抜粋なんです。シーンを、というより、会話の内容を思い出しつつ、書きました。

雄さんのご指摘にもかなり肯けました。
ここでは書きませんでしたが、私の友人(ng)は、盛んに『マグノリア』を引き合いに出していました。それはトム・クルーズのキャラクターに関してなのですが、雄さんが仰るように、フィリップ・シーモア・ホフマンも『マグノリア』のほうが良かったかもしれません。少なくとも、彼には無駄にアクションさせないほうが良かった気がします。


Posted by: [M] : 2006年08月04日 18:19

こんにちは。コメント&TBありがとうございます。

たくさんのシーンやショットをきちんと押さえての[M]さんの評、見事ですね。私はどういうわけかこの映画、見ていて眠気に襲われてしまいました。ディーテールを思い出せず、[M]さんのを読んで、ああそうだったなと納得する始末。出来の悪いエントリにTBしていただいてお恥ずかしい次第です。


Posted by: : 2006年08月04日 00:16
Post a comment









Remember personal info?