2006年08月09日

KIYOSHI KUROSAWA EARLY DAYS

ある監督に興味を持てば、彼、または彼女が初めて撮った映画を観たいという気持ちが自然と涌いてくるものです。その監督が誰に、あるいはどんな作品に影響を受けたのか、作品の持つフォルムは現在と比べてどのように変わっているのか、あるいはいないのかを確かめられれば、今後その監督の作品に触れる際の、一つの手がかりを持つことが出来るからです。

同時代的にある監督のデビュー作に立ち会えることは、だから、非常に幸福なことだと思います。しかし私は年齢的に、これまで観てきたほとんどの監督のデビュー作を、後追いで観るしかありませんでした。驚きと共に監督を発見するという特権に対する憧れ。これは嘗ても今も、変わらず抱き続けているものです。

ところで黒沢清監督。
彼のデビュー作である『神田川淫乱戦争』を観たのはもう随分前です。その出来栄えにはかなり驚かされましたが、その時はまだ、彼が学生時代に撮った8mmの存在すら知らなかったと思います。その後、様々な本を通してどうやらその8mmは傑作らしいということを知るのですが、果たして自分にそれを確かめる機会があるのだろうかとほとんど諦めていたので、今回の特集上映は大きな価値があったと思います。

今回上映された6作品のうち、私が観られたのはBプログラムの3作品のみ。最も観たかった『SCHOOL DAYS』を鑑賞出来なかったのは2006年最大の失態として記憶されるでしょうが、その日は私にとって同じくらい重要な『錆びた缶空』を鑑賞出来たので、致し方なしといったところです。加えて、蓮實重彦氏と青山真治氏に挟まれる形で黒沢清氏の話を間近で聞くことが出来たことは、前日の失態を、帳消しにしたとは言いませんが、かなり薄めてくれたとは思います。この3人の鼎談は本当に面白かった。

あれほどの人数がアテネフランセに押しかけたのを、私は始めて目にしました。
1時間以上前に到着したにもかかわらず、すでに4FからB1Fまで列が出来ていたと書けば、若き日の黒沢作品を観たいという観客の熱狂も伝わるでしょうか。最終的には、会場のあらゆる隙間を観客が埋め、恐らくフル回転していたはずの冷房もほとんど効いていないような状態でした。ペドロ・コスタの時ですら、ここまでではなかったと、同行した[R]氏にふと漏らしてしまったほどです。

2名の映画作家とその精神的な師による鼎談の中身に、特に大きな発見があったわけではありません。それは嘗て、どこかで聞いたり読んだりしたことのある内容と重なる部分が多かったように思います。しかし、やはりそれを本人の口から聞くという体験は特別なものです。青山氏の口から伊丹十三という固有名詞が出てきた時の黒沢氏と蓮實氏の表情など、そうそう観られるものではありません。個人的には、日本を代表すると言っていい映画作家2名が、一人の初老を前に律儀に“生徒”として納まっているという構図が最も興味深かったです。どこかで採録でもされたら、買ってしまうだろうと思います。

さて、肝腎の黒沢初期8mm作品に関してですが、映画史的なパースペクティブがあるようで、結構出鱈目でもある、みたいな軽さを存分に楽しめました。鑑賞したのは下記3作品。

■東京から遠くはなれて 1978(35分)
監督/田山秀之 撮影/黒沢清 出演/万田邦敏 黒沢清
■しがらみ学園 1980(63分)
監督/黒沢清 出演/森達也 久保田美佳 鈴木良紀
■逃走前夜 1982(8分)
監督/黒沢清 万田邦敏 出演/浅野秀二 塩田明彦

いずれもデジタル上映でした。「BOW30映画祭」のパンフレットで、6月に行われた蓮實氏と黒沢氏による対談を読むと、8mm作品をデジタル化してdvdに変換しておこうかと思っている、今はかろうじて観られるが、あと何回か映写機にかけると多分フィルムが切れる、などと言う発言を読んでいたところだったので、ああやっぱり、とデジタル上映にも納得しました。本当はフィルムで観たかった気もしますが。

『東京から遠くはなれて』は、パロディアス・ユニティ結成時の朋友・田山秀之氏が監督し、黒沢氏は撮影と出演。ラストで機関銃をぶっ放す黒沢氏とそれに続く俯瞰のロングショット。会場は沸いていたが、私は結構感動してしまいました。
『しがらみ学園』の主演は『A』『A2』の森達也氏です。若い。若すぎる。アメリカ映画的な銃撃戦があったり、小津的なダイアローグやカメラ位置があったり、ゴダール的な言い回しがあったりで、あまりにも贅沢。一つの作品にこれだけの要素が詰め込まれて63分だから驚きます。素晴らしい1本。PFF入賞も肯けます。
『逃走前夜』には塩田明彦氏が出演していたようですが、気づきませんでした。前半を万田邦敏氏が、後半を黒沢氏が撮影したそうですが、特に後半のシークエンスショット、あれは『ソナチネ』の花火の打ち合いシーンをはるかに準備するものすごいシーンでした。前半はやはりゴダール的。

Aプログラムを観られなかったのは本当に残念ですが、すでにdvd化してあるということで、何かの拍子に発売されることを期待したいです。
今年は『叫』がヴェネツィアにも招待されているし、『LOFT』の公開ももうすぐなので、とりあえず急いで2冊の本を読んでおこうと思います。

ともあれ、あまりにも充実した一日でした。
結果的には黒沢清監督を再度驚きと共に発見できた、そんな気さえしているのですから。

2006年08月09日 17:41 | 映画雑記
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