2006年06月23日

『最後通告』に関する私の文章も、結局何が言いたいのやら……

最後通告原題:Vollmond
上映時間:124分
監督:フレディ・M・ムーラー

スイス映画と聞いてすぐさま思い浮かぶのがたった4人の映画作家でしかないという私、しかもそれらのほとんどは未見で、つまり、スイス映画をほとんど知らないという結論に至るのですが、厄介なのはそのわりにはスイス映画に対しあるイメージを抱いてしまっているということ、改めて考えると私も相当通俗的な人間だということを再認識するのですが、だからといってそのイメージのおかげでスイス映画を積極的に敬遠しているわけではありません。そもそも、東京に住んでいても一般公開されるスイス映画などほとんど無いわけで、こちらが望もうとそう簡単には観られないのが現状なのです。

そんな折も折、渋谷にあるシネマ・アンジェリカという劇場が「スイス映画月間」と称した特集を組んでいるという事実にはやはり興味を惹かれてしまいます。たしかこの劇場に最後に訪れたのはまだ改名する前のことで、確か『ふたりにクギづけ』を観た時だったと思うのですが、以前よりあまり人が入っている印象がなかったこの劇場でダニエル・シュミットやフレディ・M・ムーラーの旧作を果敢にも上映するという姿勢に賛同し、何とか一日だけでも参加しようと決めたのです。

本来であれば、先日見逃した『夢駆ける馬ドリーマー』を観る予定だったのですが、嘗てユーロ・スペースで公開されていたことを、移転したユーロ・スペースの壁に飾られているチラシを見て初めて知った私の無知ぶりを反省する意味も込めて、相対的に貴重であろうフレディ・M・ムーラーの『最後通告』の方を選びました。

恐らく観客は10人にも満たないだろうという私の予想は、まぁ概ね正しかったわけですが、結果的に事態はそんな心無い予想をさらに上回っていました。上映開始の13:00より20分ほど早く到着してみると、観客は私一人。ぎりぎりで駆け込んでくる客もなく、最後まで客席には私ただ一人。このような経験を、まさか東京で、しかも、渋谷でするなどとは思ってもいませんでした。もう随分前に、福島駅近くのシネコンで『マトリックス』を鑑賞した時も確かに一人きりでしたが、あの時感じた爽快感(言うまでもなく東京ではかなり人気があったので)を、今回ばかりは感じることがありませんでした。もちろんそれは孤独からではなく、映画を上映することの難しさ、ひいては劇場を運営していくことの困難を考えざるを得なかったからです。それなりに名前のある作家で、しかも土曜日の日中でも、こういった事態が起こりえるということを目のあたりにしました。

ところでそんな中で観たこの『最後通告』と言う映画、様々な意味で言葉にしがたい映画でした。私は『山の焚火』も未見なのでこの監督については批評やインタビューを通してしか知り得ませんでしたが、ほとんど根拠もなく、こういうスイス映画もあるのか、と少なからず驚いた次第。大雑把に言ってしまえば、ミステリーとファンタジーがない交ぜになった批評的寓話だと思うのですが、本作に込められた寓意をどれだけ積極的(あるいは肯定的に?)に汲み取ろうとするのかで、作品の評価が分かれるところでしょう。

原題は「Vollmond」。これは“満月”という意味で、それはそのまま本作における重要なファクターとなります。“最後通告”という邦題は、本作のミステリー的要素(犯罪的要素)を強調したと言う点でやや説明的ではありますが、決して作品の内容と離れているわけではありません。

冒頭、ゴミが堆積し透明度の低い水中をカメラは映し出します。カメラはしばらく水中を彷徨うと、上方にある光のほうをを見上げ、そして水面へと移動し水中からファインダーを出す。水中から出てきたカメラは、湖の辺(ここで観客は、湖の中を観ていたことを知ります)にある一軒の瀟洒な邸宅と、そこから出てきたと思われる一人の目隠しをした少女が少女が、両手を伸ばして湖の方におぼつかない足取りで歩いてくるのを目撃します。ここまでがワンカットで撮られたファーストシークエンスは悪くなく、その先の展開を期待させるものでした。

本作は、12人の子供(いずれも10歳)が忽然と姿を消し、その原因を刑事が探っていくという、言ってみれば非常に分かりやすいプロットではあるのですが、しかし、子供が失踪した理由が非常に謎めいているため、物語の進行にしたがって通常のミステリーとは異なる相貌を呈していきます。つまり、追うべき犯人などおらず、刑事以下大人たちは右往左往するほかないのです。謎の解明という軸が、いつのまにか子供たちから大人たちへの警告(これこそが最後通告なのですが)へとずらされていき、しまいには超現実的な世界すら垣間見える程。その過程で、子供を失った大人たちは、マスコミの加熱報道に憤ってみたり、極度に神経をすり減らしてみたり、あるいは、恋に落ちたりもする(とくにこのシーンは印象的で、あのように男女が手を取り合う場面を、私は久々に観た気がします)。そして、子供たちが投げかけた問いは最後まで宙吊りにされ、最悪の結末を迎えて物語は幕を閉じます。

とにかく様々な問題提起が、本作には渦巻いています。この問題提起には恐らく、監督の寓意があからさまに反映されており、そのまま観るものに投げかけられているのですが、果たして、私にはその意図が充分に伝わらなかったと言わねばなりません。いや、言わんとすることはわからないでもないのですが、それが映画的な感動に繋がるのかどうか、私にとって重要なのは、まさにその点なのです。

大人たちがテレヴィの公開生放送を利用して、子供たちに呼びかけるシーンがありました。
そこでの大人たちの愚かしい行動は、いかにも映画的な仰々しさに満ちていて悪くはなかったのですが、やはり、そこに至る過程の描き方に若干無理があり、また、登場人物が多い割りに、それぞれのキャラクターの差異が明確でなかったように思われたのは残念な部分でした。
ハッピーエンドを避けた結末自体は、あれで良かったように思うのですが……。

私にも特に結論めいたことは書けません。
繰り返しますが、私の根拠のない“スイス映画観”が、良い意味で軌道修正されたのは確かです。2時間を超える上映時間をかろうじて耐えることも出来たので。まぁそれが収穫だったということで、この不可思議な映画に関しは、実際に観ていただき、それぞれに感じていただくほかないということで。

2006年06月23日 17:36 | 邦題:さ行
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Comments

>[R]殿

そうですね。セレクトがいいだけに、私も気になってしまいました。スクリーン大きいですね、たしかに。
スイス映画と言えば、シュミット、タネール、ムーラーとミエヴィル、それとレナート・ベルタもいましたね。
なかなか新作が紹介されなくなってしまいましたが、今にして思うのですが、もはや国籍で映画をセレクトすることにほとんど意味がないような……これは自省を込めて。今どきフランス映画を“退屈そう”だとか“難しそう”だとか聞く機会も少ないのですが、スイス映画もあるいは、そのような状況に置かれているのかも。

>nosさん

早速コメントありがとうございます。
『山の焚火』はかなり良いみたいですね。ヴィデオで確認してみようと思います。
今思い出したのですが、一箇所、何でここでスローモーション? という不思議なシーンがあったんです。音楽家の男が、息子だか娘の死を早とちりして、チェロかなんかを床に叩きつけるシーンなのですが、何故あのシーンをそこまで強調したかったのかが不可解でした。もし再見されましたら、ちょっと気にかけて見ていただければと思います。

>Chocolateさん

東京では初めての体験でした。どんなマイナーな映画だって、1人きりということは無かったので。劇場としてはまだ新しいし、綺麗なんですが、場所が若干不便かなという気がします。私ごときがいくら観にいったところで状況は変わらないでしょうが、やはり他人事ながら心配になってしまいました。


Posted by: [M] : 2006年06月26日 10:12

こんばんわっ。

映画がどうのこうのっていうよりも私はMさんが貸し切り状態だったことに驚いてしまいました。(笑)
シネマアンジェリカの今後が心配ですねー。


Posted by: Chocolate : 2006年06月25日 23:20

ビデオで観ました。『山の焚火』が凄すぎたのでこちらは影が薄いですが、寓話的に語っている内容は同じことのような気がします。アトム・エゴヤンなどよりはるかに本気に。冒頭の湖、建物、動物園のシーンが印象的でした。観返したくなりました。


Posted by: nos : 2006年06月24日 15:43

シネマ・アンジェリカ(旧 シネマ・ソサエティー)、大丈夫ですかねぇ?
他人事ながら、とても心配です。決して嫌いではない映画館です。
場所といい、ひねくれたセレクトといい。なにげにスクリーン大きいし!

最近では、「キェシロフスキー特集」で二度訪れましたが、やはり五,六人程度でした。

当然ながら、スイス映画に馴染み薄です…。ダニエル・シュミットやアラン・ターネル?
スイス出身の撮影監督、レナート・ベルタからはかなりの恩恵を受けてますが…。
『勝手に逃げろ/人生』『満月の夜』『世界の始まりへの旅』…キャメラワークやばいっす。
この先、生粋のスイス映画に触れるチャンスはあるのだろうか?


Posted by: [R] : 2006年06月24日 02:26
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