2006年05月24日

『亀も空を飛ぶ』は“映画”に他ならないという至極当たり前の結論を出したい

亀も空を飛ぶ原題:TURTLES CAN FLY
上映時間:97分
監督:バフマン・ゴバディ

『亀も空を飛ぶ』は昨年からずっと観たいと思っていた作品で、すでに2度、鑑賞のチャンスを逃していましたが、この度ユーロ・スペースの「バフマン・ゴバディ特集」でやっと鑑賞出来ました。実は私、客がほとんど入っていないレイトショーを好んでいるのですが、この映画を10数人しかいない観客の一人として観られたことを、非常に幸せだと思いました。

本作を観て直感的に感じたことが3点あります。まず、空が画面の半分を占める映画だということ、もう一つは、泣き叫ぶ子供の映画ということ、そして最後は、人が振り返る映画だということです。事実のみこのように書くと、何とも味気なく、およそ本作には似つかわしくないなどと言われそうな、ほとんど温もりを欠いた文章と取られるかも知れませんが、誤解のないように言い添えれば、私はこの3つの特質にこそ心を揺さぶられたのです。仮に本作が、その宣伝文句にあったように“叙事詩”的であったとするなら、私の印象が叙情的なものではなく、叙事的なそれであったとしても、本作を貶めていることにはなりません。むしろ、私はこのクルド映画を心から賞賛したいほどなのです。

バフマン・ゴバディ監督作品は初めて観ました。私はクルドの歴史や現状をほとんど知らぬまま鑑賞したのですが、優れた映画とは、その背景にどれほどの過去(あるいは現在)があろうとも、例えば超ロングで切り取られた岩山の斜面や息を飲むような青空一つで、例えば純朴ながらも紛れもなく“子供であることを超えている”人物の顔一つで、例えば強い拒絶感を示し毅然として前へ前へと進もうとしつつも、背後に微かな連帯や愛を感じ取ってしまったが故に振り返るという動作でそれに応えようとする少女の動きと視線一つで、画面の背後に厳然として横たわる歴史や現況をあっさりと無効化し、まさに眼前の画面そのもので観客を感動させることの出来る映画だと常日頃思っている私にとって、いかにクルドという土地に関して無学であろうともそんなこととは関係のない次元で、『亀も空を飛ぶ』はほとんど傑作と言える出来栄えだと思いました。

私は本作をドキュメンタリー的だとは思いませんでした。難民である少女・アグリンが絶望の内に自死する様を、冒頭とラストとに分割してみせる手法などは非常に映画的でもあり、随所にちりばめられたちょっとした笑いもまた、この悲劇的な物語を物語ろうとする監督の、説話的なテクニックだったのだとも思うのです。ほとんどのカメラはFIXで、かつ、幾度か観られた美しいロングショットの存在は、手法としての所謂(狭義の)ドキュメンタリー的撮影技法からは遠いものだったように思うのです。

しかし、にもかかわらず、と言わねばなりません。にもかかわらず、あの子供たちの、演出とは思えないような豊か過ぎる表情、全身に力が漲っているかのような疾走、そしてあの涙の生々しさはいったいどういうことでしょうか。まるでその現場に立ち会っているかのような感覚に、私は少なからず驚きました。それは確かにドキュメンタリー的だと言えるのかもしれませんが、さらに言うなら、それこそが“映画”というものなのかもしれません。

映画館で“映画”に値する作品を観た。今私に出来るのは、この当たり前の結論を“叙事的に”出すことだけなのです。

2006年05月24日 18:16 | 邦題:か行
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Title: 『亀も空を飛ぶ』
Excerpt: ぜひ観てください。考えましょう。 同じ時代に同じ地球に同じ人間として生まれて来たのに、 どうして彼らばかりがこんなに辛い思いをしなくちゃならないの...
From: かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
Date: 2006.05.26
Comments

>ヴィ殿

mixiレビュー拝読しました。久々に熱のこもったレビューでしたね。キアロスタミは無論私も。助監督で彼についたことも頷けますね。私も一応、まわりに勧めはしましたが、ほとんど知られていないのでどうしようもありません。というか今日までですから、時既に遅し、ですね。

なんと7割も入っていたとは。私のブログは何の関係もないと思いますが、それは喜ばしいことです。


Posted by: [M] : 2006年05月26日 12:46

やっと観て来ました。これは思わず“絶対に”誰もが観るべきだ、と断言してしまいたくなるほど圧倒的に力のある映画でした(とりわけ全アメリカ人とその連合国人)。
「振り返る映画」という指摘はおっしゃる通りですね。私はもはやその「瞳」だけに釘付けでしたが。
mixiのほうにちょっと書きましたが、ドキュメンタリー的撮影という点では、私はキアロスタミの「そして人生はつづく」を思い出しました(実は作品自体既にかなり重なるとこあると思いましたが)。キアロスタミは「虚構ということ(/そうと改めて提示すること)」にもっとこだわっていくのですが(「クローズ・アップ」以降)。
ちなみに木曜は客席7割は入ってたと思いますよ([M]さんブログ効果?!)


Posted by: こヴィ : 2006年05月26日 04:10

>Chocolateさま

こんにちは。
そうなんですよ、ほのぼのしているシーンもあるのですが、なかなか厳しい話でした。
dvdはタイミングよく5/27発売ですが、BOXSETなんです。「わが故郷の歌」とセットで10080円です。TSUTAYAに置いてくれるといいんですけどね。


Posted by: [M] : 2006年05月25日 11:52

こんばんわっ。

レビュー拝見させて頂きました。
私この作品のことは劇場に置いてある
フライヤーでチラリと見ただけだったので
こういう内容とは思いませんでした。(驚)
かわいい女の子が1人写っているだけのフライヤーだったので、
子供が主人公のほのぼのとした映画かなんかを想像したのですが、
そうではなかったんですねー。

私もクルド人の歴史というのはよくわかりませんが、
背景を知らなくてもOKな作品っていうのは
見る側にとってはとてもありがたいです。
(予習が必要な作品ってありますよねー)

レイトは中々時間がなくて行けないんですが、
ビデオになったら是非借りて見たいと思います。(^.^)


Posted by: Chocolate : 2006年05月24日 23:54
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