2006年03月31日

“映画史”に関する雑考

といっても、ゴダール『映画史』ではなく。
3月30日付けのニュースで、ちょっと興味深い記事を見つけました。

映画オタク度計る「映画検定」1級から4級の認定試験を全国で!(FLiX)

個人的に、今はもうほとんど読むことがない老舗映画雑誌を発行するキネマ旬報社が、映画の知識を検定するというもので、第一回の試験(全国5都市に試験場を設置)では4級から2級までを実施、1級に関しては2級に合格した者にのみ受験資格があるらしいのです。
そこで早速「キネマ旬報映画総合研究所」なるいささか大仰な名称のウェブサイト内にある「映画検定」というページを覗いてみると、そこには各級の試験内容と程度が掲載されていました。そして、4級から2級までの試験内容に共通してこのような一節を見つけました。曰く、“映画史に欠かすことの出来ない古典”。

例えば4級は「20代、30代の若い世代の方を対象とした映画ファン入門コース」ということなのですが、昨今、映画を観始めたばかりの若い世代(まぁ先述の説明によれば、私も“若い世代”に入るのですが)がどれだけ“映画史に欠かすことの出来ない古典”を観ているのかという疑問が最初に思い浮かびました。その意味で、4級という最も低いレヴェルの試験ですら、かなり敷居は高かろうと推察されるのですが、もう少しよく読むと、「90年代以降の作品を中心に」とあるし、「簡単な」という言葉もあるので、やはりこれはそれほど難しくないのではないか、などとも思えてくるのですが、実はそんなことはどうでもいいというか大して重要な問題ではないので、再度先述した“映画史に欠かすことの出来ない古典”という言葉に立ち返ると、では、この“映画史に欠かすことの出来ない古典”にどのような作品が含まれるのかというさらなる疑問が浮かんできます。

私の知る限りでも、“映画史”と名のつく書物は数多く存在しています。そしてその書物に存在する“映画史”という自体には、多かれ少なかれ著者の思想なり体験が反映されているもので、無論、そこには排除も選別も存在する、主観的なものです。そしてだからこそ、そのような書物を読む価値があるのだと、私は思います。
“映画史”という言葉を字義通り受け取れば、1895年12月28日のパリに始まり(もちろん、これすら疑おうと思えば疑うことも可能です)、今日まで上映されたあらゆる映画の総体を時間軸に沿って配置したもの、と一先ずは言えるでしょう。その中で一般的に所謂“古典”と言われるものがあるにはあるのでしょうが、どこまでが“古典”なのか、と同様、“欠かすことの出来ない”と判断する規準もまた、無数に存在するのではないでしょうか。そもそも、ある歴史の一時点において、それまでに上映された全ての映画を観尽している人間など皆無なわけで、映画に限らず“歴史”とは、実際にその目で確認していないことまでも含んでしまうという矛盾を予め抱えているのです。だから絶対的な歴史などこの世に存在しないし、映画史とて、その法則からは逃れられません。
よって今回、“映画史に欠かすことの出来ない古典”の規準を「キネマ旬報社」が決めるのもまた自然といえば自然なのですが、勢いそれは、“「キネマ旬報」の映画史”にならざるを得ないということに他ならないでしょう。

こんな当たり前のことを、わざわざ私が書く必要もまた無いわけですが、つまり言いたいのは、“映画史”は決して一つではないということです。学生時代に私がむさぼり読んだ澁澤龍彦氏は、所謂“文学史”などは存在せず、もしあるとするなら、それは各個人の内面に独自に存在するべきだ、というような事を主張していました。映画において、その歴史をあくまで独善的に、大胆に語ってしまったジャン=リュック・ゴダールの態度は、その意味で正しかったのかもしれません。ジョルジュ・サドゥールにはジョルジュ・サドゥールの、そして彼らとは恐ろしくレヴェルが異なりますが、私には私の“映画史”があるはずなのです。

そう考えると、「キネマ旬報社」には「キネマ旬報社」が考える“映画史”があるということになり、それをより多く理解(暗記)している方が、この「映画検定」の上級認定者となりえるだろうと、それが「映画検定」のニュースを受けた私の雑感です。それを裏付けるように、彼らはご丁寧に「映画検定公式教材」として 『「映画検定」公式テキストブック』(定価:2,100円)を発売しているようです(さらには『「映画検定」公式問題集』も発売予定)。

とは言ってみても、老舗雑誌「キネマ旬報」の“映画史”は、恐らく一般認識として広く共有されているであろう“映画史”と大きく離れることはないでしょうし、本当に映画が好きな人は、映画のタイトルや俳優、プロデューサー、監督、スタッフらの人名だけでなく、技術的な用語や興行的な知識も貪欲に吸収していくのでしょうから、これまで私が書いてきた文章はあっさりと無視して、この「映画検定」なるものにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。どういう方たちがこの検定を受検するのか、非常に興味があるところです。

ところで改めて考えてしまうのが、“古典(クラシック)映画”という得体の知れないものについて。コミュニケーション上、非常に便利な言葉なので私もこれまで何気なく使ってきたのですが、自分は一体どんな映画を“古典(クラシック)”として扱ってきたんだろうか……? それは本当に正しかったんだろうか…………?

およそ結論など出せるはずもないので、この文章はこの辺で終ります。

2006年03月31日 20:06 | 映画雑記
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Comments

>ヴィ殿

まぁそういうことですね。一出版社としての立場になれば彼らの思惑もわからないではありませんが、一映画好きとしては……話のタネにはなると思うんですけどね。そのために金を払う気にはなれません。受験料で新作4本分ですよ!


Posted by: [M] : 2006年04月06日 10:01

知りませんでした。しかし、『「映画検定」公式テキストブック&公式問題集』を出す時点で、“終わったな”と思うのですが……(何のために観る? いや、高得点のために問題集解くだけ? 本末転倒!)。


Posted by: こヴィ : 2006年04月05日 19:42
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