2006年03月22日

『変態村』、あるいは邦題の越権性に関して

『変態村』2004年のカンヌ映画祭批評家週間で上映され、ベルギーを代表する新たな才能とまでうたわれたファブリス・ドゥ・ヴェルツ監督のデビュー作『変態村』は、“ギャスパー・ノエ以来の恐るべき新人監督”などという、いかにも如何わしいキャッチフレーズとともに紹介されているようです。私が本作を鑑賞する気になったのも、このフレーズに騙されてみるかと思ったからに他なりませんが、この『変態村』という映画は、どこまでノエ作品に見られる“タブーへの挑戦”が機能していた、あるいはしていなかったのか、本作の見所があるとすれば、その一点に尽きるのではないかと思われます。

原題は「CALVAIRE」。これはキリストが磔にされた丘(ゴルゴタの丘)、あるいは十字架の像を意味します。ここで問題にしたいのはまず、『変態村』という邦題に隠された、ほとんど越権的ともいえる意図に関してです。本作の配給はトルネード・フィルムですから、そのあたりには寛容になるべきなのかもしれませんが、彼らが得意とするエログロ系作品として予め本作をイメージしてしまうと、面白さは半減、とまではいわないにせよ、随分興を削がれてしまうこともまた事実です。“変態”という言葉が持つ特殊性は、かなり強いイメージを観客に植えつけてしまうので、普通、映画の始まりとともに、観客は“何が変態なのか”という部分に意識を集中させてしまうのではないでしょうか。そしてその“変態行為”が発覚したとき、すでに本作の評価は決まってしまうでしょう。おそらく本作を自発的に観る観客は、この手の映画には慣れているのでしょうから、“変態”という言葉自体の特殊性で勝負するのはかなりリスキーのような気がします。事実、私もいくつかの美点は認めても、本作をそのような狭い観方で観ざるを得なかったのです。
ただし、例えばフィリップ・ナオンが出演しているからだとか、撮影を『アレックス』のブノワ・デビエが担当しているからだとか、あるいは、タイトルバックやエンドロールに血の色であるショッキングな赤を使用しているからだとか、その程度の理由で、この新人監督をギャスパー・ノエの再来などとうそぶくくらいですから、いい加減なのは私の見方だけではなく、配給側も同じことだと言えるのでしょうが。

そのような意味で、本作は最初から驚きを禁じられているとは言えないでしょうか。
少なくとも私は、これはちょっと新しいな、とか、このCGの使い方は悪くないなとか、その程度の気持ちの揺らぎくらいはありましたが、“発見”につながるようなものがあったかと問われれば、口を閉ざしてしまうでしょう。繰り返しますが、それは監督の力量によるものでもあるでしょうし、観る前にある種の陳腐なイメージに犯されてしまった私の所為でもあるのかもしれません。

さて、そのような『変態村』にも興味深いショットや音の使い方がなかったわけではありません。
本作は冒頭から積極的に鏡(三面鏡)に写る主人公をとらえています。鏡はその後も幾度か登場しますが、もっとも効果的に使われたのは、主人公が最初に犯されるシーンです。このシーンはなかなか不気味で、その時主人公の口から発せられる声が、本作を垂直に貫くであろう、動物のうめき声に重なるあたりの不快感は、なるほど、ノエ的だったと言えるかもしれません。決してホラーでもなく、サスペンスでもなく、かといってラブストーリーとも言いがたい本作を強引に分類すれば、“狂気映画”ということになるのかもしれませんが、しかし、それも度を越してしまうと、途端に陳腐化してしまうのが映画の恐ろしいところなのです。

私が思うに狂気とは、あくまでこちらの理解を超えていなければならず、それを多少でも了解できた瞬間、それはただの犯罪や行き過ぎた行為に堕してしまうのです。本作における最大の失敗は、登場するだれもが狂人とは言えず、いずれも嘗ての記憶から自由になれず、対象(本作では主人公であり、いなくなった犬でもあるのですが)を失われた愛の裏返し(エゴイスティックな幻想)としてしか見られないという、これまで幾度も描かれてきたような類型的人物でしかないことです。“変態”という言葉に関して言うなら、確かに本作には獣姦や同性愛に代表されるソドミーが描かれてはいますが、そのような、一般的なモラルに多少反するくらいのことを“変態”という一語で処理してしまうのもいささか安易ではないでしょうか。あるいはこのような邦題でなければ、また別の思考も可能だったのではないかと思うにつれ、やはり本作の邦題は越権的だったと断じざるを得ません。

ただし、あまり邦題の悪口ばかり言っていても生産的とは思えないので、最後に『変態村』で記憶に残っているシーンを列挙することにします。多少でも作品セレクトの参考になれば。
・クルマのフロントガラス越しに車内を映していたカメラが、ワンカットで車内へと移動するショット
・ポラロイドに映った女性の裸体とそこに書かれた文字
・主人公が拉致される直前に頭を殴られる時の編集(あるいは省略)
・覗き見的なソドミーシーン
・逃げる主人公を追う変態たちが、『ワイルドバンチ』のように5人横並びで歩くショット
・エンドロール後に一瞬聞こえる叫び声(やはり動物のうめき声か?)

以上になります。
今、ベルギーの映画監督といえば真っ先にダルデンヌ兄弟が思い浮かびますが、たまにはこういう映画を観て映画(世界)の多様性を肌で感じてみるのも決して無駄ではないでしょう。

2006年03月22日 11:50 | 邦題:は行
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Comments

>sydさん

毎度どうもです。
邦題に関しては、毎度何だかんだ思うのですが、まぁ今回のようなケースは稀かもしれませんね。
私も本作を全否定しているわけではなく、これは反省もこめて、あらゆる宣伝文句に対しては、なるべく冷静なスタンスを保たなければという、そんなことを感じさせてくれた映画でした。
まだデビュー作ですし、次回作にも多分付き合うと思いますよ。


Posted by: [M] : 2007年02月20日 19:03

こんにちわ。本作、ようやくDVDにて確認しました。[M]さんの作品評を読み、邦題や配給会社などの情報が、逆に弊害になってしまうこともあるのだな、と思いました。そして、「狂気」についての鋭い洞察もあり、たしかに、言われてみれば、そんな気がしてしまう作品だった、といまでは思ってしまうのですが、個人的には、<類型的>であるが過剰な人物たちによって、話が邦題とは関係ないところへ地味にズラされていくところに、なにか面白さを感じてしまい、そこだけは評価してあげたいな、という気持ちもないこともないのです。これはひょっとすると、“ギャスパー・ノエ”という名すら知らなかったことがいい意味で作用した、というだけのことかもしれませんが…。


Posted by: syd : 2007年02月20日 11:46

ドモドモー、、TB、コメントをありがとうございました。
こちらからのTBは何故か入りませんでした。ううっ

でで、この映画ですけど、、
ワタクシ、邦題で騙された?というか、違った方面の映画かと思い込んでいました。笑
宣伝の上手さにやられたー!って感じです。ヘヘ
先入観無しで観ると、まあ、普通(・・・と言っていいのか?)のアブナイ人たちを描いたサスペンス・ミステリーといった感じでしょうかね。
そうそう、村人の弾くピアノが上手かったですねー
弾く前はありきたりかと思ったら、いやはや、なかなかの弾き手と見ました。
あのカクカク踊りも良かったですね!!笑


Posted by: Puff : 2006年03月31日 18:51

>[R]殿

いや、私としては決して嫌いな映画ではないですよ。必見!とまでは言いませんが、やはり、ある監督のデビュー作というのは様々な意味で観るべき部分が多いので。
まぁ仰るように、あくまで相対的に判断すれば良いと思います。他にも観たい作品があれば、しょうがないでしょう。

『ラストデイズ』、年齢層若かったですね。
『エレファント』そして『ジュリー』の系譜に位置していますから、ある意味で彼らの期待を裏切ったのでしょう。私はマイケル・ピットの弾き語りに震えました。彼が歩く後ろ姿は、『ジュリー』の後半に重なりましたね。カート・コバーンに何の思い入れも無い私ですが、十分楽しめました。ハーモニー・コリンはいささか類型的な役柄のように思えましたが、彼の雰囲気には合っていました。


Posted by: [M] : 2006年03月23日 12:57

本日、『ラストデイズ』を観たとき、初めて『変態村』の予告編を観ました。
「あっ、おもしろそう!」と一瞬感じてしまいました。
でもやっぱり、先入観を持ち過ぎてしまうだろうなぁ…。
[M]さんの強いrecommendがあったら、すぐにでも行ってた所ですが、
たぶん後回し…。他に観るべき物があり過ぎです。

『ラストデイズ』は、周りの若者たちが退屈そうに観ていたので、
個人的には擁護してゆくつもりです 笑


Posted by: [R] : 2006年03月23日 00:17
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