2006年03月10日

「吉田喜重 変貌の倫理」覚書

先月、3週間にわたって上映された「吉田喜重 変貌の倫理」。
そこかしこでその評判を聞いてはいたものの、これまで吉田作品を一本も観た事がなかった私にとって、今回の全作品上映の約半分を実際に観ることが出来たことは、過去を振り返ってみても比較すべき対象がほとんど無いほど刺激的で、10代で初めてヌーヴェルヴァーグに接した時の衝撃を今はもうおぼろげにしか覚えていませんが、例えるならそれと似た感覚だったのかもしれません。
最終的に私が観た作品は11本。下記にそれぞれの簡単な覚書を記し、改めて吉田作品に受けた刺激を反芻してみたいと思います。
以下、随時更新予定。

ろくでなし(1960年 松竹)
ゴダールより二歳早く長編デビューした吉田喜重は、しかし、ゴダールとは似ていない。たとえ本作のラストが『勝手にしやがれ』のそれに重なったとしても、である。今、改めてそのように思う。

「ろくでなしね」と言い放つ高千穂ひづる、「ろくでなしか…」と呟きながら、その発言をなぞるかのようにろくでなし化していく津川雅彦、そしてニヒリストに成りきれないブルジョアとしての川津祐介。彼らのキャラクターは、確かに時代を反映しているのかもしれない。しかし吉田は、そのデビュー作から安易な意味づけを拒む。彼らの内面が手に取るようにわかる、などということは吉田映画にはないのだ。吉田の発言に度々“宙吊り”という言葉が見られるのも、最初から吉田の姿勢が一貫していたことのあらわれではないか。

登場する若者たちは、いずれも自分を他人のようにしか見られない。移ろい、流れていく感情と思考。ここに確たる人間像などありはしない。自分を自分とは思えない彼らの<自己=他者>性は、川津祐介により朗読されるランボーの「地獄の季節」に託されていたような気がする。

彼らは、事物の背後に隠された必然性に目を向ける前に、行動することで何かを理解しようともがいていたのだろうか。その意味で、津川雅彦が2回、銃で撃たれる真似をしながら独白するシーンは興味深い。そして、行動することの徒労感を、津川雅彦が情事の後の夕暮れ時を力なく歩いていくショットとして見せる吉田の感性は鋭いと思った。このショットは、本作中で最も素晴らしいショットだった。でもこれは多分、私の一義的な解釈でしかないだろう。

そうなのだ、吉田喜重は物語りつつ、答えを出さない。断定せず、混乱を厭わない。だからゴダールとは似ていないのだろうか。

2006年03月10日 18:02 | 映画雑記
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Comments

>ヴィ殿

もう出てましたか!?
無論、買います!!!!!!


Posted by: [M] : 2007年01月09日 09:44

喜重本が出てましたね!!!!!!!!


Posted by: こヴィ : 2007年01月08日 19:00

こんにちは。
大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。
昔の広告で高千穂ひづるさんもとりあげています。
よかったら、寄ってみてください。
http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611


Posted by: : 2007年01月06日 15:08

>こヴィ殿

津川雅彦は“美しい”という言葉が似合っていました。
なるほど、『鏡の女たち』は意図的に切り返しを避けているかのようなシークエンスが散見されました。その企画、胸躍るなぁ…
『ろくでなし』にはやはり、ヌーヴェルヴァーグとの同時代性というものが内包されているのでしょうかね。


>屁爆弾さま

毎度です。
『ミリオンダラ〜』観られましたか。私の文章は基本的にネタバレ全開という感じなので、確かに鑑賞後に読まれることをお薦めします。いや、最近読み直していませんでしたが、お褒め頂き恐縮です。
なるほど、イーストウッド映画の主題は大きくなっているのかもしれません。あるいは、より重くなっているという感も。『ミスティックリバー』もまた重厚ではありますが、素晴らしい作品です。是非是非ご覧ください。

イーストウッドって本当に巨人という言葉が似合うなぁと思います。私が彼をまともに語ることなど、何年経っても出来ないと思います。


Posted by: [M] : 2006年03月14日 12:59

こんちです。このエントリと関係ないコメントでごめんなさい。過去記事『ミリオンダラー・ベイビー』の映画評を
拝読しました。自分が映画を観るまではあまりヒトさまの感想を読まないようにしているので[M]さんの批評も実は興味のある映画のものほど自分が実際に作品を観てから目を通させてもらっています。『ミリオンダラー・ベイビー』は重かったね〜(^^;)。DVDで観たあと1ヶ月くらい消化できずにいたんですが[M]さんの感想は細部の観察と表現が行き届いておられますね。照明、ナレーション、スローモーション手法、それぞれが映画に与える役割と効果についての考察に、なるほどと思いました。イーストウッドの映画は扱う主題がだんだん大きくなってくる感じ。年齢的にも「人生の清算」的な境地に入ってきてるのかな。と言ってもまだ『ミスティックリバー』を観てないんだ。これも近いうちに観てみる。[M]さんの感想もまだ読まずにいます。観たあとでまた参考にさせてもらいに来ますね〜。


Posted by: 屁爆弾 : 2006年03月13日 04:21

津川雅彦がすごくイイですよねー。「銃で撃たれる真似」は、2回目が最初とは全く違う意味になってるとこが素晴らしい! ラストは撃たれても最後(女が支えて)地面に倒れないのもポイントか(宙づり)。
でも40年後、ゴダールが『鏡の女たち』を(そして吉田監督が『アワーミュージック』を)見たのかがすごく気になります!(切り返しのショットについて対談企画したい・笑)。あと私は見ててシャブロルの『いとこ同士』を思いだしました(見直したい)。


Posted by: こヴィ : 2006年03月12日 15:35
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