2005年11月24日

『ランド・オブ・プレンティ』、ヴェンダースとアメリカの距離

先週の日曜日は、もともと2本観る予定でした。すでに夕方のフィルメックスは決まっていたので、その前にシネカノン有楽町にて『ランド・オブ・プレンティ』を観ようかと。待望のヴェンダースだったわけですが、これは時間が許すならもう一度観たい作品です。これまでヴェンダースが何とか描こうとしてきた“アメリカ”との距離が本作にもあるにはあるのですが、なんと言いますか、そこに妙な説得力を感じたのです。だからと言ってそれは、我々日本人におけるアメリカとの距離とは違うもので、あくまでヨーロッパからアメリカに移り住んだヴェンダースの、“近くて遠かった”アメリカに対する思いがあのような形で純粋に結晶化した結果、あるいはそんなふうに思えたのかもしれません。

しかし、そのようなアメリカは、では一体何なのか。右傾化するアメリカ国民を極端にデフォルメしたジョン・ディールはほとんど偏執狂的なナショナリズムに支配され自分の足元が見えず、片やイスラエルから母親の手紙を伯父に渡すべく帰国し、ボランティア活動を通じてあらゆる国籍を無効化しようとするミシェル・ウィリアムズは、あくまで人間そのものの今を見つめようとする。その正反対とも言える2人の間にあるのが、ある理想の具現化としての星条旗であるということ。今、純粋なアメリカ人が、この物語をどのように受け止めるのでしょうか。それは日本人である私とっても、非常に答えづらい問いだと言わねばなりません。いや、むしろ、
この映画を素直に“わかった”と言えないところが、ヴェンダースによるアメリカ映画たる所以なのでしょう。

興味深かったのは、本作におけるテクノロジーの存在です。伯父・ポールを演じるジョン・ディールは、自分の肉眼よりも、監視カメラが撮った小型モニターの映像を信じているかのようで、それは、後に白人の若者によって“意味も無く”殺されるアラブ人を最初に見かけた時も、そのアラブ人が殺される瞬間も、肉眼で見えるものを信じようとせず、手元にあるモニターに映し出されたものの方を頼りにする部分にはっきりと描かれているし、あるいは、後半でアラブ人組織のアジトだと思い込んでいた家に潜入する際、仰々しい暗視装置を装着し、そのレンズを通して見える対象だけを視線に捉えようとしていたことからも窺われます。携帯電話やトランシーバーを片時も離さず、つまり、データ化された画面や音声を現実認識のよりどころにしつつ、目の前にある本当の現実を無意識的に視界の外へと追いやっているのです。
一方、ラナ演じるミシェル・ウィリアムズはと言えば、ibook(ipodも!)を常に持ち歩き、インターネットを通じて世界と繋がってもいますが、同時に彼女は、紙焼きの写真や手紙など、言い換えればアナログ的(人間の記憶がぬくもりとして感じられる媒体と言う意味)なものに愛着を示してもいるのです。
テクノロジーに対する2人の距離感の差は、彼らの現実認識の差へと還元されていくかのようです。世界に対し、閉じているのか、開いているのか。ヴェンダースはあえてこのような明快な差異を設定することで、自分の心にあるアメリカを端的に提示してみようと思ったのでしょうか。

『ランド・オブ・プレンティ』とは“豊かな国(大地)”というような意味になりますが、恐らくヴェンダースは、これを皮肉としてではなく、アメリカに対する心からの思いとしてタイトルにしたのではないかと思います。私としては、ヴェンダースが本作に込めたであろうメッセージには特に思うところがないものの、シネマスコープで切り取られたいくつかの画面に、嘗て彼が撮ったロードムーヴィーのような幸福感を覚え、また、あまりに不器用なヴェンダースの(アメリカとの)距離のとり方、ラストに復興途中のグラウンド・ゼロを見て途方に暮れているようなあのカメラの動きを肯定したい。たった2週間ほどでこのような映画を撮ってしまうヴェンダースの“若さ”と“愚直さ”は、9.11を受けて撮られた多くの映画に比しても、極めて貴重だと思うのです。

2005年11月24日 12:16 | 邦題:ら行
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Comments

>こヴィ殿

あ、その発言は黒沢さんだったような。。。?
『ハメット』も観て下さい。こちらは『左利きの女』ですね。

>lin様

こんにちは。コメント、TB共にありがとうございます。ヴェンダースと音楽は絶対に切り離せないでしょう。私の友人にも音楽からヴェンダースに入った、という人がいるくらいですから。
新作、私も非常に楽しみにしてます。


Posted by: [M] : 2005年12月19日 17:35

こんばんは。
監督自身の視線に暖かさを感じられる作品でした、音楽も良かったですね(ヴェンダースの音楽の使い方はいつもツボにはまりますがw。
春には「アメリカ、家族のいる風景」も公開になるようで、非常に楽しみです。
TBさせて頂きました。


Posted by: lin : 2005年12月17日 01:07

いやほんと、もっと早く見とくべきでしたよ! (たしか樋口さんが)「ベトナム戦争を題材にあんなに作品をつくったアメリカが9.11(&イラク侵略)についてはまったく映画をつくらないことに対して突き付けたヴェンダースなりの答えだ!」みたいなことおっしゃってたと思いますが、それ見ながら納得。しかし「パリ、テキ」要素もけっこう色濃くあって(というか滲み出てしまっていて)よかったですよねー。やっぱトランシーバー必携(笑)。


Posted by: こヴィ : 2005年12月15日 23:12

>こヴィさま

昨日はメールどうもでした。パンフの件、返事しようと思いましたが、恐らく上映中だと思い、やめておきました。パンフはちらっと読みましたが、購入には至らず。最近は、かなり金がかかったものか、良さそうな批評があった場合以外は買わないようにしているんですよ。

しかし、やはり貴兄ならこの映画は絶対に刺さるだろうと思っていました。おっしゃるように、あのラストシーンの“為す術のなさ”といいますか、“脱力感”には却ってリアリティがありましたね。あれがヴェンダースだな、などと思ったりもしたんです、私も。


Posted by: [M] : 2005年12月15日 09:53

やっと観ました! 「私は心からアメリカを愛しているからこそ本当にアメリカを批判できる」とヴェンダースが言っていた意味が分かったような気がします。ラストのセリフ、「何かもっと、建設現場以上の何かが込み上げてくると思ったら、ただそれだけだった。」と言わせたのは偉い。私もこれをアメリカ人がどう見たか、すごく気になりました。


Posted by: こヴィ : 2005年12月15日 01:59

>かえる様

こんばんは。
おっしゃる通り、ヴェンダースにおいてメッセージ性に気をとられるようなことは避けたいですね。いや、これはあらゆる映画に当てはまるのかもしれませんが。

かえるさんの記事には肯くことが多く、とりわけ、私は観ておりませんが『春の雪』における、竹内結子の扱いに関しては、まったくその通りだと無責任にも賛同いたしました。

『モンドヴィーノ』は、特にお薦めはしません。むしろ、『TAKESHIS'』をもう一度観たほうがより生産的なような気がしないでもありませんが、これは大きなお世話ですね……


Posted by: [M] : 2005年12月03日 03:41

>テクノロジーの存在
というのは私も興味深かったです。
ウィーンって、カメラが回るのがおもしろいのと同時に不安感を煽るような・・・。

メッセージを探るより、ただそこにある優しい光に感銘を受けました。
ステキな映画でしたよねー。

パリところどころのレヴューは結局書いていません・・。
バッシングをご覧になったのですねぇ。
モンヴィーノも行かなければー


Posted by: かえる : 2005年12月02日 18:44
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