2005年10月11日

『男の敵』、あるいはフォードを如何に見ればよいか

theinformer.jpg原題を『THE INFORMER』とする本作は、文字通り、ある密告者を主人公に据えた映画です。普通に考えれば『密告者』とすべき邦題を、何故『男の敵』としたのか、その経緯についてはわかりません。そもそもここでいう“男”とは、いったい誰を指しているのか。いずれにせよ、“密告者”であろうと“男の敵”であろうと、負の存在としてのとある人間を意味しているという点では共通していると思います。

実はこの映画、嘗て一部分だけをスクリーンで鑑賞したことがありました。昨年アテネフランセで行われた映画狂人による公演に行った際、冒頭のとあるシークエンスを観る事が出来たのです。そのシークエンスは、主人公ジッポーを演じるヴィクター・マクラグレンが、恋人役のヘザー・エンジェルが別の男(といっても、彼女は娼婦なので単なる客に過ぎないのですが)に言い寄られているのを見つけ、まず加えていたタバコを肩越しに放り投げ、次いでその男の腰の辺りをむんずと抱きかかえ放り投げてしまうという、ちょっと笑ってしまうようなシークエンスなのですが、映画狂人先生がこのシーンをわざわざ見せたのは、フォードにあって最もフォード的な身振りが“何かを投げること”に他ならないということの証左としてであり、別に本作がフォード初のアカデミー監督賞受賞作で、それまでアクション専門の監督と見なされていた彼が、遂に芸術的評価を得ることになったきっかけとなった作品という事実とは何の関係もありません。

130本以上に及ぶジョン・フォードのフィルモグラフィーのうち、私が観ているものなどほんの1割程度で、一生かかっても全てを観ることなど出来ないでしょう。もはや東京においても、特殊な機会にしかスクリーンで観られないフォード作品ですが、さしあたり渋谷TSUTAYAにある作品だけでも全て観ようと決意し、時々思い出したように観る事にしているのです。

『男の敵』は、同じ1935年に撮られた『周遊する蒸気船』をすでに観ていた私にとって、かなり趣の違う作品でした。夜のダブリンを舞台にしたセットは霧と影が強調され、それがモノクロ画面だからという理由を超え、画面は黒で覆い尽くされているかのようです。所謂ノワール的な雰囲気の中、主人公ジッポーは恋人のために友人を警察に売り渡すのですが、警官が密告を受けその友人を見つけ出し、遂には撃ち殺す時の描写など、警官の長い影が強調され、表現主義的なアプローチも垣間見られます。

面白いのは、このジッポーという主人公がとにかくよく酒を飲むこと。彼は全ての酒を一息に飲み干し、しまいにはラッパ飲みでウォッカをあおるのですが、この酒を飲む描写は西部劇におけるフォードの演出にも繋がります。飲み干したグラスは投げつけられ、いかにもフォード的な身振りだと言えるのかもしれません。
しかし、このように酒を飲むシーンに漂うフォード的楽天性が本作の主題ではもちろんなく、本作はあくまで密告者の人間性と、その束の間の救済にフォードの視線が注がれているのだと思います。

ユダにたとえられた裏切り者ジッポーは、組織の報復を受け銃弾を浴びますが、彼が死の間際にたどり着いた教会で、彼はある老婆に出会うのです。その老婆は、ジッポーが裏切った友人の母親なのですが、まさに聖母マリアとして撮られたようなその老婆のクローズアップが、ジッポーの救済を意味していたのが印象的でした。

投げるという行為が、物語を始動させるということ。
映画狂人氏のフォード論は大変興味深く、かつ刺激的でもありますが、今後観ることになるフォード作品においては、そういった面にだけ視線を向けるのではなく、何とか独自の視点を発見できればいいと、今はそのように思っております。

とにもかくにも、ジョン・フォードはやっぱり面白い。

2005年10月11日 12:59 | 邦題:あ行
TrackBack URL for this entry:
http://www.cinemabourg.com/mt/mt-tb.cgi/492
Trackback
Comments

>U・M様

コメントありがとうございました。
なるほど、リメイクだったんですね。
『密告』を観ていないので何とも言えませんが、フォードがどんな部分に不満を感じたのかは気になるところです。
ともあれ、貴重な情報をありがとうございました。


Posted by: [M] : 2009年01月28日 17:54

初めましてU・Mと申します。
余り知られていませんが、実は「男の敵」はリメイク
作品なんですよ。
オリジナル版はイギリスで1929年に製作された
「密告」と言う作品で(原題は「男の敵」と同じく
THE INFORMER」でした。)原作小説は
リーアム・オフラハテイが書いた物で、本作は一応
小説に忠実に作っている物の、活劇スリラーの趣が
あり、この映画を見て作りに不満を持ったフォード
が、より秀作に作り直したのが「男の敵」でした。

因みに邦題を「密告者」にしなかったのはやはり
オリジナル版と混合するのを避ける為だったのでは
ないでしょうか。(あくまで推測ですが)


Posted by: : 2009年01月23日 22:41
Post a comment









Remember personal info?