2005年10月25日

『パリところどころ』を初公開から40年後に観る喜び

パリところどころそのdvd化自体が事件といえば事件だったオムニバス『パリところどころ』。今はなきシネヴィヴァン六本木で80年代〜90年代にかけて何回かリヴァイヴァルされましたが、一度も足を運ぶことがないまま、今に至ってしまいました。そんな折、ニュープリントで公開されると聞けば、それがいくら普段積極的には行きたくない街・池袋での上映であろうともう見逃すわけにはいかず、公開から40年経ってやっと鑑賞出来た次第です。

このように、なかなか観る事が出来なかった映画を何とか鑑賞できた時、その内容はさておき、とにかく観られたことが嬉しくなり、それだけで満足してしまいそうになるのですが、本作は冷静にみても6本のうち酷い出来だった作品は1本もなく、むしろ短編オムニバスとしては出色の出来栄えだったような気がします。少なくとも、嘗て観た『水の話/プチ・シネマ・バザール』と同等、あるいはそれ以上の見ごたえはありました。

私の中のパリという街は、実際に2度訪れ、あわせて2週間ほど滞在したにもかかわらず、思い出されるのは決まって映画の中のパリのほうで、現実に見たパリの街の記憶はかなり希薄だと言わねばなりません。実際、パリで何をしたのかといえば、毎日のようにプリングルスを食べながらワインをがぶ飲みした以外ほとんど思い出せず、観光らしきこともほとんどしないまま、ひたすらに街を彷徨していただけだったのですから。唯一覚えているのは、朝の薄ら寒い空気の陰鬱さで、私のパリは、いささかも花の都ではないのです。にもかかわらず、映画の中のパリは決まって魅力に溢れていたような気がするのはなんとも不思議な話、いや、実は当たり前の話なのかもしれません。それがスクリーンに映っている限り、私が観ていたのは実在するパリではなく、虚構としてのパリだったのですから。

そんなパリにまつわる6本の短編から成る本作で私が非常に感動したのは、ジャン・ルーシュが監督した第二話「北駅」です。私は夫婦間の、あるいは恋人同士の倦怠を描いた映画に惹かれる性向があるのですが、そんな好みを無視したところで、本作の凄さは揺るがないでしょう。出色はやはりラ・シャベル大通りにおける2人の男女の会話を捉え続けた移動撮影でしょう。そもそも3つのショットのみで成り立つ本編ですが、冒頭のアパルトマンにおける不安定な、いささか安易な言い方ではありますが、ある種ドキュメンタリー的な手持ちカメラの使用が齎す効果は絶大で、それは戸外に出ても一向に変化することなく、それ自体なんとも異様なあの長い横移動撮影は、しかし、作品の形式と内容の自然な融合にも感じられ、だからこそ、ラストのロングショットから受ける疎外感は尋常ではなく、ほとんど呆気にとられるうちに作品が終了してしまったのです。映画を観た後の余韻、などとよく言われますが、そんな余韻すら感じさせないうちにもう次の一篇が始まってしまうのですから、この『パリところどころ』という作品は、何とも過酷な映画だな、と思います。

以下、各篇で印象的だった箇所を思いつくままに列挙します。

第一話 ジャン=ダニエル・ポレ監督「サンドニ街」
現実以上に(!)“娼婦”を感じさせる女のふてぶてしさ。気弱で奥手な男と娼婦が共に食すスパゲッティの伸び具合がいい。

第三話 ジャン・ドゥーシェ監督「サンジェルマン・デ・プレ」
メキシコに旅立ったはずの軽薄な男が、実はメキシコになど行かず、美術学校でデッサンモデルとしていたことがバレた瞬間の表情と身振り。あの一発だけのギャグの異質さはいい。

第四話 エリック・ロメール監督「エトワール広場」
どうみても滑稽にしか映らない男同士の殴り合い。そして、エトワール広場をほとんど一周してしまう男の疾走感。細かい描写からちょっとしたサスペンスと生み出しているところ。

第五話 ジャン=リュック・ゴダール監督「モンパルナスとルヴァロワ」
ジョアンナ・シムカスのボブヘア。彼女が壁に寄りかかる様は『女と男のいる舗道』を想起させる。2人の男が彼女を罵る言葉が素晴らしい。カリーナ時代の終焉とリンクする。

第六話 クロード・シャブロル監督「ラ=ミュエット」
崩壊しつつあるブルジョア家庭の主婦が階段から転げ落ちるシーンの図式性。『気狂いピエロ』におけるカリーナの死のような出鱈目な描写に感動。

『パリところどころ』は、バルベ・シュレデールとピエール・コトレルの二人が設立したレ・フィルム・デュ・ロザンジュの記念すべき第一作目です。彼ら2人の映画史的重要性を本作を機に辿ってみることにもそれなりの価値があるのではないでしょうか。

2005年10月25日 17:45 | 邦題:は行
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Comments

>ヴィ殿

いやいや、何度でもどうぞ。
ロメールでしたか。観たいナァ。。。こんなdvdも知りませんでした。どうしよう。流石にTSUTAYAにはないでしょうし…。

あのサントラって、たしか『レティシア』っていう曲ですよね。多分全部吹けます(笑)


Posted by: [M] : 2005年11月14日 17:01

何度もスイマセン。「パトリック」の脚本は、なんとロメールなんですよー。唯一の完全コラボ作品!(出会いのシーンや、会話がロメール節です) DVDでこれに入ってますね。http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/videosea.cgi?W-JCD=4523215002646
『冒険者たち』って見直したくなりますよね。私ドーナツ盤の国内サントラ(口笛♪)もってますよー。


Posted by: こヴィ : 2005年11月14日 15:55

>こヴィ殿

なるほど、いかにも初期ゴダール的な話ですね。『モンパルナスとルヴァロア』に触発されて、またまた『冒険者たち』借りちゃいました。年に3回は観てますよ……あのジョアンナ・シムカスは最高ですから。

『ふくろう〜』昨日渋ツタで見かけましたが、貴兄がくれるとのことなので、見送りました。いつもすんません。


Posted by: [M] : 2005年11月13日 21:21

[M]さん
『パトリック〜』は、同居してる女の子二人が、それぞれ街で「パトリック」という男(J=C・ブリアリ)にナンパされて、部屋で「私のパトリックの方が絶対イイ男!」とか言い合って(ここカワイイ)、結局、街で他の子にも声かけてるのを二人で目撃してバレるという単純な話。たまにアップリンクとかでやってたんですけど最近見ませんね(私は下北トリウッドでオープンの頃観ました)。『ふくろう〜』はビデオあげます!(レンタル落ちでダブってるので)。これ原作ハイスミス。


Posted by: こヴィ : 2005年11月12日 01:28

>こヴィさま

熱いコメントどうもです。

『人間ピラミッド』は絶対に観なければなりませんね。昨年まんまと逃しましたから。

『男の子の名前はみんなパトリックっていうの』は未見です。これもなかなか観られないですよね……

90年代のシネセゾンレイトショーは凄かったですね。私と貴兄も絶対に何回かすれ違っているはずです。今はなき「渋谷系」などという言葉もありましたっけ。

実は『ふくろうの叫び』も未見なのです。(確かあれもシネセゾンじゃなかったですっけ?)今週のTSUTAYAで探してみましょう。

まさにヌーヴェルヴァーグの魅力が凝縮されたオムニバスでした。今週は『愛すべき女・女たち』でも借りてみようと思います。


Posted by: [M] : 2005年11月11日 14:31

昨夜ようやく観に行きましたー!(11/18まで)
これやっぱ映画館/スクリーンで観て味わえる作品だと思います。この体験は一生忘れないでしょう。では、[M]さんをマネて以下私なりに印象を……(長くてスミマセン!)。

第一話 ジャン=ダニエル・ポレ監督「サンドニ街」
肖像写真が見てるとこがよかったです。男がちょっとゲンズブール似でした(彼も役者で出る時はだめ役だった)。しかしあのフォークの使い方間違ってるでしょ!(笑)

第二話 ジャン・ルーシュ監督「北駅」
噂通りほんとに素晴らしかった! 最初と最後の引きのショットで、有名な長回しの密着ショットを挟んでるんですよね。カメラが部屋に入って、2人の会話を切り返しなしで撮るとこで、これはなんだ?と気づき、そのままエレベーターに乗っても、通りを歩いてもずーっとカメラが横からへばりついていくのに、ああ、ああっ、と興奮しまくり。そして会話がまたショットと同じくらい素晴らしいんですから!! 家で口論したのと同じ問題をずばり言及されて、「“ウィ”と言って」「ノン、ノン、ノン!」で、あの最後! 傑作『人間ピラミッド』も次の機会はぜひ見てください!!1!

第三話 ジャン・ドゥーシェ監督「サンジェルマン・デ・プレ」
モデルの時、日焼けしててパンツ部分だけ白かった(笑)。
アメリカ娘を完全にバカにしてるとこが好き。「勝手にしやがれ」や「男の子の名前はみんなパトリックっていうの」(これはブリアリが2人の娘をでしたが)との比較も楽しめる。

第四話 エリック・ロメール監督「エトワール広場」
「偶然」と「降って沸いた解決」&「男の勝手な妄想」という意味では、いかにもロメールでしたね。でもあの疾走感は彼には珍しい(むしろゴダールっぽい)、地下鉄のマダムがよかったです(「あらゴメンナサイ、痛くなくって?」)。

第五話 ジャン=リュック・ゴダール監督「モンパルナスとルヴァロワ」
この頃のゴダールはやっぱセンス抜群!(この一篇こそまさに90年代のIENA協賛=シネセゾンレイトロードショー蜜月時代を思いだす)。トレンチコートに赤いタートルネック、ファッションもいかにもゴダール好み。そして女の子にすぐ上半身脱がせるとこ(笑)。やっぱ誰もがカリーナを連想しますね。そして最後にわかる愛の手紙の内容が痺れました! あんなの一度でイイから速達でもらってみたい!(笑)

第六話 クロード・シャブロル監督「ラ=ミュエット」
シャブロルのこのサスペンス感は初期から今までまったく変わりませんね(例えば「ふくろうの叫び」のラストシを見よ)。男の子が耳栓の取扱い説明書をつっかえながら読むとこがよかったです(笑)。

「レ・フィルム・デュ・ロザンジュ」のクレジットが「どうだ!」って感じでとても良かったですね。ああ、ヌーヴェルヴァーグの眩しさよ…。


Posted by: こヴィ : 2005年11月10日 14:52

>[R]さま

ゴダールとシャブロルが断片だけとは残念でした。
まぁ確かに『北駅』は傑作でしたが。

本作に登場する場所には大体行きましたが、もちろん時代の所為もあるにせよ、実際に訪れた印象とはまるで違うんです。
[R]さんも、機会があれば行ってみるといいですよ。


Posted by: [M] : 2005年11月05日 17:04

『パリところどころ』、やっと観てきました。文化の日に、ほとんど思いつきで。
しかし、バイトのあとでものすごい疲労があり、なおかつ食後の満腹感も後押しして…、
ロメールの後半辺りから、ウトウトが始まり、JLGとシャブロルは、完全に断片だけの鑑賞…。
「ジーザス!」という感じなんですが、ジャン・ルーシュ作品だけで実は大満足だったり。
第二話『北駅』は、本当に素晴らしいですね。短編映画の中では群を抜いた傑作だと思います。
引き算で成立させた内容が、なぜあんなに豊かになるのか? すべての設計が完璧でした。 
ちょっと前の日仏のジャン・ルーシュ回顧に行けば良かったな、と少し後悔してます。

いやはや、『サンドニ街』のスパゲッティの喰い方が、めちゃめちゃカッチョ良かった!
停電オチもなんともチャーミングでした。結局このくらいしか語れません(笑)。


Posted by: [R] : 2005年11月04日 14:32

>ヴィ殿

先越しておきました。熱いコメント待ってますよ。


Posted by: [M] : 2005年10月28日 21:30

先こされました! 今週末にでも行ってきます。そして改めてコメントしますね。


Posted by: こヴィ : 2005年10月27日 02:15
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