2005年04月22日

ある日の会話〜『コーヒー&シガレッツ』を観て

確かキミは食事後のコーヒーが好きだとか言ってたよね? やっぱりあれかね、劇中でイギー・ポップが言っていたように、コーヒーとタバコは最高のコンビなの? 俺はコーヒーを飲まないから、その心地よさみたいなものが感覚的に理解出来なくてさ。自宅はともかく、どんな店に入ってもコーヒーではなく酒を頼んでしまう悪癖みたいなものから逃れられずにいるから。

---まぁそう言われれば否定はしないよ。確かに酒とは違った意味で、リラックスできる瞬間ではあるんじゃないかなぁ。流石にコーヒーとタバコが昼飯だ、とは言い切れないがね。食事とはちゃんとするし。

そうか…ただ、確かにこの映画はコーヒーを飲まない俺でもその魅惑みたいなものは充分伝わったなぁ。確実に言えるのは、ジャームッシュは、コーヒーとタバコを媒介とした人間同士の空気感をこそ描いていたとことだと思う。11の物語のうち、誰も一人きりで登場しないよね。つまりそこには絶対に会話があるということ。その内容はそれこそバラバラだけど、必ずコーヒーとタバコを介した会話だったということかな。

---これ、一番最初の「STRANGE TO MEET YOU(奇妙な出会い)」は1986年に撮られてるんだよね。86年っていったら、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』から2年くらいか。全て撮り終えたのが2003年で、その17年の間にいくらかスタイルが変わっていてもおかしくないわけだけど、これが見事に変わっていなかったな。映画制作に対するジャームッシュの姿勢は、常に一貫しているということだろうね。まず人間ありき、そこからイメージを浮かべるみたいな。

1作目のカメラは『ザンパラ』つながりでトム・ディチロ、2作目はやはり『ミステリー・トレイン』つながりでロビー・ミューラー、以降はフレデリック・エルムズだね。1作目と2作目には5年の空白があるんだけど、全11作を貫くスタイルは、やっぱり1作目のトム・ディチロが決定付けたと思う。モノクロ、ヴィスタサイズ、加えて、テーブルを俯瞰で捉えたショット。これがまたいい。コーヒーカップで「乾杯」なんて、いかにもジャームッシュが好きそうな演出でしょう。プロダクションデザインもすごく印象的で、四角いテーブルは必ずといっていいほど黒と白の格子柄でさ。タバコの白とコーヒーの黒。この“そっけなさ”が何ともいいんだよね。モノトーンがここまで表情豊かに見えるのはやっぱり凄いことだと思う。
ところで、キミは何作目が一番好みだった?

---俺は5作目の「RENEE(ルネ)」かな。あのルネ・フレンチっていう女性は何者なんだろう。その話し方、雑誌のページをめくる仕草やなんかがサイコーだったね。コーヒーのお変わりを口実に言い寄ってくるE・J・ロドリゲスをやや上目で見つめる表情なんてもう…
それに笑ったのが、彼女が読んでいる雑誌。何を真剣に読んでいるかと思えば、およそ彼女に似つかわしくない拳銃のカタログみたいなものでさ、こちらが予め想像してしまうイメージを軽く裏切っていく感じが好きだね。どの作品にも、ちょっとしたサプライズ=裏切りみたいなものが上手く按配されていたでしょ。ジャームッシュは基本的にその場のノリを重視してこの作品を作ったらしいけど、だからといって全く脚本がないわけじゃなくて、脚本はあくまでフレキシブルであるというスタンス。違う作品で幾度か同じ話題が登場するのも、もちろん意図されたものだよね。

それはその通りだと思う。実はかなり設計されているんだよね。でも恐らく意図せず共通点が生まれているのもあって、それは本当に些細な事で俺の妄想に過ぎない可能性も高いんだけどさ、3作目「SOMEWHERE IN CALIFORNIA(カリフォルニアのどこかで)」でイギー・ポップがトム・ウェイツに言う

"Hey,cigarettes and coffee,man.That's a combination."

っていう感動的な台詞があるでしょ。
それと、10作目の「DELIRIUM(幻覚)」でGZA(ウータン・クラン)がビル・マーレイに

"Aren't you Bill Murray,man?"

って尋ねるシーン。この2つの台詞に共通しているのが、"man"っていう親しみをこめた呼びかけなんだよね。この2人がミュージシャンだっていう共通項がまたそれを示唆しているんだけど、まぁ端的に言ってこの手の言い回しが好きなだけで、だから何ということもないんだけど。この2つの話はミュージシャンでありながら禁煙してたり、音楽と医学の深遠な(?)関係性について熱く論じてみたり、とにかく可笑しかったなぁ。
でも一番好きなのを挙げろと言われれば、6作目の「NO PROBLEM(問題なし)」だろうね。どちらかというとヨーロッパ寄りの2人の黒人の乾いた友情が、対話にならざる対話として紡がれていく。果たして本当に友情をテーマとしているのかどうかも曖昧なんだけど、あのカフェの雰囲気も不味そうなコーヒーも2人の座り方も不思議なサイコロも、どれも本当に素晴らしかったと思う。素直に感動したナァ……

---なるほどね。ところでジャームッシュとタバコと言えば、『ブルー・イン・ザ・フェイス』を思い出すけど、あのジャームッシュもタバコに対する思い入れを熱く語ってたよね。映画とタバコの関係とかさ。『コーヒー&シガレッツ』にはルー・リードにも出演して欲しかったよ。

ああ、あのジャームッシュは良かったね。タバコを本当に美味そうに吸うんだよね。今回の「SOMEWHERE IN CALIFORNIA(カリフォルニアのどこかで)」でも、イギー・ポップとトム・ウェイツが実に美味そうにタバコを吸ってた。反=タバコを訴えながら、あれだもんね。かといってそれがシニカルかというとそんな政治的メッセージに回収されず、彼らのリアクションはリアクションそのものでしかないというか。ジャームッシュの演出は画面の中でこそ、なんとなく力の抜けた、とぼけた風合いがあるけど、ショットそのものの強度はかなりのものだよ。それは『パーマネント・バケーション』からずっと変わっていないよね。

---最後に11作目の「CHAMPAGNE(シャンパン)」に関してだけど、あれはちょっと異質な感じがしなかった? 

まず彼らが飲んでいるのは、コーヒーカップではなく紙コップに注がれたコーヒーだということ。それと、そのコーヒーをシャンパンに見立てている部分が、それまでの10篇とは異なる部分だったと思う。過去のニューヨークに思いをめぐらせ、懐古的に語る二人ではあるけど、一瞬漂おうとしている悲壮感みたいなものが、「人生を祝うため」の乾杯へとシフトしていき、あの美しいマーラーが聞こえてくる。その他10篇は、ある意味入れ替え可能だったかもしれないけど、これは間違いなく11篇の最後として撮られたものだと思うね。最も美しい一篇を挙げろといわれれば、やっぱりこの11作目を選ぶしかないな、と思うよ。

さて、じゃぁそろそろ二回目に行こうか。次の回、そろそろ始まっちゃうから…

2005年04月22日 12:54 | 邦題:か行
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Comments

>たなかな様

こんにちは。
ブログのほうにコメント書きましたので。よろしくです!


Posted by: [M] : 2005年11月18日 10:46

こんばんは
ビラ・マラパルテについてブログアップしました。
大した内容ではないのですが....
イラスト、お言葉に甘えてメールで送って頂いてもいいですか?


Posted by: たなかな : 2005年11月18日 01:29

>たなかな様

こんにちは。やはりそうでしたか。
是非読ませていただきますので。

私は建築とは何の関係もない職業ですが、親友が建築家で、かねてより建築には興味がありましたので。マラパルテは、もちろん、建築的な興味よりも『軽蔑』から入りましたが。

イラスト、よろしければメールでお送りしますので言ってください。大した物ではありませんが。


Posted by: [M] : 2005年11月14日 14:32

こんばんは
お察しの通りビラ・マラパルテで
近々ブログを書こうと思って検索したのでした..
そのうちアップするのでぜひお立ち寄りくださいませ
もしかしてMさんも建築関係者ですか?
私も見に行きましたよ、もう少し早くここにたどり着いたら
メインイラスト、見ることが出来たのですね、残念...
なんとなく映画の趣味の共通点を感じるのでまた来ますねー


Posted by: たなかな : 2005年11月14日 01:52

>たなかな様

はじめまして。コメントありがとうございました。
ブログを拝見しましたが、建築設計をなさっているのですね。『軽蔑』はマラパルテ邸が目当てだったのでしょうか? 今は違いますが、少し前まで、当ブログのメインイラストはマラパルテ邸でした。私も実際に行きましたが、大好きな建築ですので。

また遊びにきてください。コメントやトラックバックもお気軽にどうぞ。


Posted by: [M] : 2005年11月13日 21:16

はじめまして。違う映画(ゴダールの軽蔑)で検索したら
こちらに迷い込みました。
私もコヒー&シガレッツでちょっとだけコメントを書いたので
トラックバックさせて頂きました。
またゆっくりとブログ読ませていただきますね...


Posted by: たなかな : 2005年11月13日 04:33

>こヴィさま

ロビー・ミューラーのは2本目の「TWINS」ですね。
『デカローグ』10話は未見なので、確認します。というか、本作をもう一度観ないと、です。


Posted by: [M] : 2005年09月26日 13:03

観てやっぱ確信したんですが、「10ミニッツオーダー」のクロエの長電話はこれと全く同じアイデアで撮ってますね。ウータン・クランはやっぱセリフ回しがカッコよかった!「ゴーストドック」再見したくなった(というかフォレスト・ウィテカー出てて欲しかったです)。あとパンフ買わなかったので正確にどれか判りませんが、ロビー・ミュラーが撮ってたのもありましたね。
ラストの一編は「デカローグ」の10話を思いだしました。


Posted by: こヴィ : 2005年09月23日 13:33

>丞相さま

こちらこそ、ありがとうございます。

本作のdvdには、監督やビル・マーレイへのインタビューが収録されていたらしいですね。それはそれで興味深いので、今度観てみようとは思いますが。

山下⇒ジャームッシュという流れは、まぁありうるとは思いますが、どーなんでしょう、そんなに共通点がありましたかね? ひとまず『ばかのハコ船』を含む旧作を観なければなりませんね。


Posted by: [M] : 2005年09月21日 18:17

こんにちは、TBありがとうございました。
私も11編のなかで一番好きなのは「NO PROBLEM(問題なし)」ですね。
英会話のあいさつ集のような会話が、いわゆる「異化効果」をあげている、
見事な作品だと思います。
核心に触れることなく表層的な会話を延々と繰り返す、
ゾロ目しか出ないサイコロはそれを象徴していたのでしょう。
私は世間の大方の流れとは真逆で、
山下敦弘監督からジャームッシュを見るようになりました。
『ばかのハコ船』もこれからご覧になるようで、
これもご期待に添える作品だと思います。
ただし、主役の男にはむかつくこと必至なのですが・・・。


Posted by: 丞相 : 2005年09月21日 08:28
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