2005年03月23日

『ビフォア・サンセット』は近年稀に見る神話的な傑作である

ビフォア・サンセットこの10年を振り返ってみても、『ビフォア・サンセット』を超えるロマンスを思い出すことは困難です。恐らく、学生時代に始めて接したフランソワ・トリュフォーによる神話的連作“アントワーヌ・ドワネルもの”以来の衝撃のような気がしています。トリュフォーがジャン=ピエール・レオーという“分身”を得て、その成長を長きに渡りフィルムに焼き付けたように、リチャード・リンクレイターもイーサン・ホークとジュリー・デルピーという2人の俳優達を見つめ続けることで、やはり神話的な作品を撮ってしまいました。

上映後、同行した女性に最初に放った言葉は、「短すぎる…」というものでした。それはかつてジャン=リュック・ゴダールがジャック・リヴェットの『アウト・ワン』に向けた賛辞とはやや異なる意味だと思うのですが、とにかく80分強の上映時間ではあまりに短すぎる、それが『ビフォア・サンセット』に向けた最初の言葉です。しかしながら、昂奮が収まり改めて考えてみると、本作の上映時間が、なんだか妙な説得力を孕んでいるようなそんな気がして、あれはあれで正しかったのだと納得してしまいました。それは多分、観客の一人に過ぎない私が、上映中、図らずもイーサン・ホークに同化していたことに拠るでしょう。あのシチュエーションは、劇中の二人にしてみればほとんど一瞬とも言えるような短さだったはずだと思い至ったからです。映画におけるロマンスは、観客にその登場人物への同化現象を齎すことが出来るかどうかで、その価値が決まってきたような部分があるかと思います。とはいえ、私自身はこれまでそのようにロマンスを楽しむことはせず、別の価値を探してきたつもりでした。そんな私が、まんまとイーサン・ホーク演じるジェシーに同化してしまったということ、『ビフォア・サンセット』に驚くべきは、その一点に集約されます。そしてだからこそ、ラスト近くにジュリー・デルピー自身によって弾き語られる「A WALTZ FOR A NIGHT」に危うく涙しそうになったのです。

前作『恋人までの距離』から『ビフォア・サンセット』まで、“実際に”9年という時間が流れていることは周知の通りです。“実際に”という部分を強調したいのは、その間、観客である我々の時間もやはり9年分流れているのだという事実を確認したいからに他なりません。“作品内で描かれた(あるいは描かれていない)時間”と“現実世界の時間”の二者が合致していること。本作におけるリチャード・リンクレイターの野心は、そこに表れていると言えるでしょう。

9年という時間は長いものです。もちろん、『ビフォア・サンセット』ではその膨大な時間の経過を随所で感じさせながらも、しかし、ある意味感じさせないとも言える。それは、この連作(とあえて呼びますが)が同じ手法で撮られているからだと思います。技術的には、ワンシークエンスをなるべく少ないカット数(本作は多くがワンカットでした)で撮り、照明は自然光中心(室内シーンにおいても、ライトの存在は感じませんでした)で、といった手法。構造的には、兎に角二人の会話以外の台詞は極力削られています。起こりえた具体的な“可能性”をその都度宙吊りにしながら、あえて曖昧な現在の二人を切り取ろうとする姿勢が作品を覆っている、とも言えるでしょう。前作でリンクレイター監督はある“スタイル”を確立し、その方法論を、本作でさらに推し進めたのだと思います。加えて、イーサン・ホークとジュリー・デルピーが脚本に参加したことで、その会話がより“現実的”な様相を纏うことになります。この効果は、息を飲むほかない車中のシークエンスショットで昇華するでしょう。このシークエンスは、前作には観られなかったジュリー・デルピーによる激しい感情の昂ぶりの発露に留まらず、スクリーンでは描かれなかった二人の現実生活へのシニカルな視線があからさまに露呈する極めて重要なシークエンスなのです。もはや残された時間はあと数十分。彼女を家まで送り届けたら、またもや飛行機の待つ空港まで行かなければならない。私は、ほとんど自らの時計を見るがごとく、刻一刻と迫る時間に追われているような感覚でした。いったいどのような結末で締めくくられるのだろうか、と。

『恋人までの距離』のラスト、二人が別れる場面では、切羽詰った二人がやっとの思いでその感情を表に出します。しかしそれまでのように悠長な会話のキャッチボールをしている時間など無い二人は、ただ抱き合い、口づけることしかできない。しかし、それはその後の諦念めいた二人の表情をより強めるためのシーンだったような気がします。
対する本作のラストシークエンス、ジュリー・デルピーの部屋(このインテリアが非常にいいのです)で、イーサン・ホークはカモミールティーなど飲みながら、彼女が弾き語る自作の曲を聴いています。およそ別れの時間が迫っている二人には見えそうもない一見すると悠長なこのシーンは、しかし、何と感動的なシーンでしょうか。前作同様、“理性ある大人”を演じなければならない二人の切なさが、何故だか自分の切なさに重なり、明らかにイーサン・ホークに対する想いを歌にしているジュリー・デルピーは、やはりというべきか、このシーンでも神々しいまでの透明な美しさを見せる。そして本作はまたしても曖昧なまま幕を閉じるのです。

しかし、このエンディングは本当に曖昧なのでしょうか。
私には、まだこれからも続いていく二人の“不確かな未来”を、“確実”に刻み付けていたように思えてなりません。それは続編に対する期待というより、確信に近い何かだと、今では言えるのです。

2005年03月23日 00:46 | 邦題:は行
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Comments

>krioさま

コメントありがとうございます。
いつもながら大げさな言い回しでしたが、それでこの作品の良さが伝わればと思いまして。

krioさんのブログも拝見させていただきましたが、本作を生涯のベストにあげていらっしゃいますね。よくわかります。

>「ベイビィ、あんな秀抜なラスト今までなかったよ」

いや、まったくです。


Posted by: [M] : 2005年03月30日 11:50

すばらしいタイトルですね納得です。
私は本当に好きな映画は多くを語りたくとも語れないのですが、読ませるレビューとなっていて良かったです尊敬。
あのラストで十分。そのための二人の85分だったわけですよね。あっというまの時間でした。共有したわけです私も。なので、
「ベイビィ、あんな秀抜なラスト今までなかったよ」と残します。
大事にしたい映画です。大好きジュリー&イーサン!


Posted by: krio : 2005年03月30日 02:23

>ng殿

熱いコメントに感謝いたします。
劇場は未だ結構入っているようですね。駆け込み需要でしょうか。
ともあれ、貴兄もやはりかなり気に入りの様子。
なるほど、虚構である物語もまた真実であるというパラドクスですか。確かに映画は虚構の産物かもしれませんが、上映中にそのようなことを意識するのかしないのかで、あるいはそれがリアルな現実性を伴ったりもするものだと思います。確か彼は『ウェイキング・ライフ』でも同じようなことを言っていたような…

今の貴兄にとっては、まさにリンクレイター様様ですね。
週末にでも祝杯をあげましょう。


Posted by: [M] : 2005年03月25日 19:43

doumo
本日15時30分の回に行ってきました。平日のこの時間でしたが観客数は70人弱程度で思ったより人が多くて驚きました。
いや・・とても素晴らしい作品でしたね。この映画の冒頭、イーサンが本屋での会見で構想中の次回作について語るシーンがありましたよね。はっきり憶えてませんが、机の上でポップソングに合わせて踊っている娘を危ないから下ろそうとした瞬間、自分の若い頃に初体験をした彼女と、同じポップソングが流れている車でドライブしている瞬間になってしまう。その2つの瞬間はひとつになり、しかしそのどちらの瞬間も真実であり、時間はまやかしにすぎないというような台詞があったと思います。私はこの台詞にこの映画の全てを感じました。二人の会話や行いをリアルタイムに映し出しているこの映画で、二人の間に生まれている空間や時間といった雰囲気のような、自分の現実ではないもう一つの時間に一瞬触れたような感じがしました。それは貴兄も書かれている”時間の共有”ということかもしれませんね。そう思ったときに冒頭の台詞を思い出しました。そのどっちの瞬間も真実なんだよとリンクレイターは語っているような感じがしたのです。この物語が現実の世界と、もしかしたらどこかで繋がっているかもしれない、もちろんありえませんが、そんな不思議な感覚が残りました。リアルタイム&続編ゆえにできる映像表現なのかもしれませんね。久しぶりの劇場でしたが、劇場でみなければ違う印象だったかもしれません。
話はかわりますが、例のコンペ勝つことができました。まだどこの国か分かりませんが実現しそうです。コンペをやっている時、アイディアに煮詰まり困り果てた時為す術もなく気分転換にと”スクールオブロック”をみ、その直後アイディアが生まれ、本日”ビフォア〜”観た帰りに結果の返事がきて、なんというか”リンクレイターよ、ありがとう!!”と叫びたいです。それでは長々とすみません。


Posted by: ng : 2005年03月25日 02:26

>shimaさま

コメントどうもです。
そうですね、私がジェシーに同化してしまったのも、あるいは“時間の共有”のなせる技だったのかもしれません。
最後のセリフってどんなのでしたっけ? 恥ずかしながら、どうしても思い出せません・・・


Posted by: [M] : 2005年03月24日 09:58

恋をしたことのある者ならば主人公の二人に自らを重ね合わせ、
切なく笑みを浮かべるような映画でしたね。
スクリーンのなかと映画館のこちらと、時間の流れが同じような気がして、
それが余計に感情移入しやすかったのかもしれません。
車中でのジュリー・デルピーの告白や、部屋に向かう階段での沈黙、
照れ隠し(っていうのかしら?)のための嘘、
お気に入りの歌手の真似をしながらの最後のセリフ。
(このシーンの彼女とってもキュート!)
このどれもに共感を覚えて笑い泣いてしまいました。


Posted by: shima : 2005年03月23日 19:28

>えい様

こんにちは。TB&コメントありがとうございます。
こういう映画にはそう簡単には出会えませんよね。特にロマンスというジャンルは、どうにも食わず嫌いな部分が昔からあったので反省していますが、やはり映画は貪欲に何でも観ないとな、と思いを新たにしました。

サイトを拝見して思いましたが、トリュフォーがお好きなんですね。『夜霧の恋人たち』私も好きで、当時のフランス語版特大ポスターを持っています。数少ない映画関係の宝物です。


Posted by: [M] : 2005年03月23日 11:50

コメント&TBありがとうございました。

とても素敵な文章ですね。
映画への深い愛に満ち、
またそれが素直な文体で書かれていて
読みながら何度もゾクッとしました。

私も自分にとってのこういう映画に
また出会いたいです。

アントワーヌ・ドワネルでは
『夜霧の恋人たち』が好きです。


Posted by: えい : 2005年03月23日 11:02

>丞相様

おはようございます。コメントありがとうございます。

TBが出来なかったようで、申し訳ありませんでした。
後程記事にしたいと思いますが、ここ1ヶ月近く、このような状態が続いていたようです。丞相さんのご指摘により、やっと気づいた次第。大変感謝しております。

『エターナル・サンシャイン』は今週観る予定です。実は『サイドウェイ』も今週2回目を観にいこうかと考えていました。レビューは必ず書きますので、しばらくお待ちいただければ幸いです。

よろしければ、再度トラックバックしてみてください。
それでは、今後とも宜しくお願いします。


Posted by: [M] : 2005年03月23日 10:05

TB&コメントありがとうございました。
『恋人までの距離』の記事にもTBいただき、そちらの記事にもTB返しさせていただこうと思っていたのですが、なぜかトラックバックURLが表示されなくて、返事が遅れました。このコメントで、TB代わりとさせていただきます。

私も[M]さんの記事を面白く読ませていただきました。
たしかに、最近見た映画がかなりかぶっていますね。
もし私とテイストが似ているなら、公開中の『エターナル・サンシャイン』はまだご覧になっていないのですか? これは凝りに凝った作品となっております。『下妻物語』に近いといえば近いですね。
近々こちらのブログの『サイドウェイ』の感想がアップされるのを楽しみにしています。
それでは、これからもよろしくお願いします。


Posted by: 丞相 : 2005年03月23日 09:24

>こヴィ殿

どうもです。是非是非ご覧になってください。無論、前作の鑑賞は絶対条件だと、あえて言わせていただきます。ほとんど文句なしの出来だと、個人的には思っております。


Posted by: [M] : 2005年03月23日 08:10

[M]氏にそこまで言われてしまうと、見たく(=自分の判断を確かめたく)なりました。
前作を見といたほうがやっぱいいですか?


Posted by: こヴィ : 2005年03月23日 04:07
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