2005年02月06日
ある日の会話〜『フリック』を観て
---最初『フリック』って聞いた時、俺の好きなアラン・ドロンの『フリック・ストーリー』を思い出したよ。でも特に関係ないんだよな?
いやね、実は劇中に出て来るんだよ。その『フリック・ストーリー』がさ。台詞の中だけだけど。あの映画のアラン・ドロンに憧れて刑事になったっていう男がいてね。監督の小林政広は、なかなか異色の経歴を持つ人でさ、この映画にも出てくる高田渡に師事してフォーク歌手として活動した後、郵便局で働きながらアテネフランセに通ってフランス語を習う。これだけで既に“変”な感じもするんだけど、さらに彼はフランスに行ってトリュフォーに弟子入りを頼んだっていうからね。多分、フランス映画が好きだったんだろうから、ジャック・ドレーも好みだったのかもしれないな。その流れで『フリック・ストーリー』だよ。
---トリュフォーかよ! すげーなそれ。で、結局弟子なれたの?
いや、それはどうだろう。調べてみる限りわからなかったけど、多分断られたんじゃないかな。
---それを知ってたからこの映画を観る気になったの?
いやそれが違うんだよ。今言ったのは観た後調べたことでね。チラシにあった空の青さが結構印象的だったからっていう理由で観ようと決めたんだけどさ。これも劇場でわかったことなんだけど、スチールは大塚寧々が担当したんだって。そういえば彼女日芸の写真出身だったからね。チラシの写真は結構好みだったなぁ。
---なるほどね。主演は香川照之か。そういえば、彼はいまや国際的でしょ。東大出たインテリだけに、役の幅は広そうだね。ってそれはあまり関係ないのか・・・
もうこの映画は香川照之に尽きると言ってもいいんじゃないか、とすら思うな。俺の中では『オールド・ボーイ』のチェ・ミンシク以来の衝撃だよ。一人の俳優が映画を引っ張っていくという例はこれまでもあったけど、最近では凄く稀な例だと思う。『フリック』における彼の表情には、ある種の魔力が備わってたね。それは決して顔の美醜や演技の巧拙じゃなくて、観客の目をひきつける“凄み”だよ。
---ふーん、凄かったのか・・・内容的にはどうなの? カメラとかその辺は。
撮影の伊藤潔は一人立ちしてまだそれほど時間が経っていないみたいだね。でも『フリック』におけるロングショットと長回しは、なかなか堂に入ってたと思う。兎に角本作において物語に言及することはほとんど意味を成さないんだよ。観客は、容易に感情移入できないし、物語に入り込むことをカットごとに拒絶されてしまうんだな。もちろん、それは意図されたことでね。そうなってくると、どうしても俳優そのものや、風景、カメラの動きなんかに注目せざるを得なくなってくる。いや、巧く出来てるよ。
---アンゲとロプロスとリンチの名前が挙がってるらしいじゃん。長回しとか不可解さを表しているようだけど、端的に行ってどうなのその宣伝文句は?
お前の言うとおり、あくまで宣伝文句だからね。そんな情報はあってもなくても本作の出来とは何の関係もないよ。邦画においてさえ、過剰な長回しも的確なロングショットもそれほど珍しくないし、世界的な潮流とさえ言えるんじゃないかな。問題はそれらがあまりに審美主義に加担すると、逆にいやらしく思えてしまうことがありえるということでしょ。その意味では、『フリック』のロングショットとミディアムショットの関係性には厳しさがあって俺の好みだったね。いったい誰が演じているのかすらわからないくらい、人物の表情を無視したショットばかりだと思えば、香川照之のカメラ目線に耐えうるだけの強度を持ったアップが延々と続いたりして。そう、物語の後半、妄想に悩まされる香川照之がカメラのほうに鋭い視線向け、だけれどだんだんと表情が変わってきて最後には号泣してしまう場面があるんだけど、あのワンシーンワンショットは出色だったと思う。あの時点で、「おお、チェ・ミンシクだ!」と一人で興奮したよ。
---結構ベタ褒めだな。それにしちゃ上映期間が短いね。もうすぐ終わりでしょ? 人は入ってたの?
それがイマイチ、というか俺が観たのはレディースデイにもかかわらず、閑散としてたよ・・・レイト一回のみっていうのもあるけど、宣伝もあまりされていないしね。凄くもったいないから、今盛んに薦めてるとこだよ。
---それもしょうがないのかね。まぁ観た人はかなり満足できると、そういうことね。観てない人は3月発売のDVDを観ろ、と。
う〜ん、あの画面はやぱり劇場で観ないと。狂ったようなリフレインが数回出てくるんだけど、あのパンも劇場でこそ機能するショットだと思うナァ・・・DVDだとその感動が半分くらいしか伝わらないよ、多分。
無理してでも劇場に行けよ、お前も。マジで。
2005年02月06日 20:52 | 邦題:は行
Excerpt: 2004年 日本 監督 小林政広 出演 香川照之 田辺誠一 大塚寧々 田中隆三
From: これから映画
Date: 2005.02.07
Excerpt:
●「フリック」観る。
開催中のカンヌ・コンペ部門に最新作「バッシング」が出品され話題の小林政広監督の前作。この監督の存在を知ったきっかけは、カンヌ出品が先か、高田渡が死んでしまったのが先だったのかは覚えていない。
From: ほ幅の速度
Date: 2005.05.19
>黒衣の花嫁様
はじめまして。コメントありがとうございます。
確かに“そういう映画じゃない”ですね(笑)
万人受けする映画ではないかと思いますが、私にもかなり刺さった映画ではあります。東京での客入りは舞台挨拶日を除けばそれほどでもなかったのではないでしょうかね。dvdもすぐに発売されるようですし。
ともあれ、今後も精進いたします。
また立ち寄ってください。
Posted by: [M] : 2005年03月13日 08:47
はじめまして。
香川さん、べた褒めありがとうございます。(爆)
私も、決して陰惨という感じはもちませんでした。
「マルホランド・ドライブ」を見たときのほうが、よほどブルー&???でした。
最後に何故か妙にやすらいでしまいました。
苫小牧ロケと言う事で、苫小牧市民は記念試写会に1600人以上が詰め掛けましたが、東京では、その半分も入ったんでしょうか?(笑)
香川さんも、「そういう映画じゃないんだけど」と詰掛けたお客さんにしきりに謝っていました。
確かに、会場にいた約1500人くらいの方には、「何がなんだかよくわからん」映画だったように思います。そういう顔をして出て行かれましたから・・
素晴らしい文章と、素晴らしい視点での映画鑑賞記録、これからも度々立ち寄らせていただきます。
Posted by: 黒衣の花嫁 : 2005年03月11日 20:24
>貴樹諒音(たかぎりおん)様
はじめまして。こちらこそTBありがとうございます。
確かに暗い映画ではありますが、妙に乾いた印象があります。邦画的な湿潤性をあまり感じなかったので、陰鬱というよりは難解な映画といえるかもしれません。
Posted by: [M] : 2005年02月07日 16:02