2005年01月02日

『マイ・ボディガード』、映画における復讐を復習してみる

マイ・ボディガードまず断っておきたいのは、どうやら世界中にファンを抱えているらしいA.J.クィネルという作家については全く知らず、一連の「クリーシィ・シリーズ」という連作を読んだことも無い私がこの『マイ・ボディガード』といういかにも出鱈目なタイトルを持つ映画に反応したのは、もちろん、それがトニー・スコットによって撮られ、その脚本をブライアン・ヘルゲランドが書いたからに他なりません。それだけで何とはなしに面白い映画になりそうだと予想した程ですから、ここでは滅法面白いと言われている原作「燃える男(この映画の原題でもある『MAN on FIRE』)」には触れず、あくまで、映画『マイ・ボディガード』について、思うところを書くに止めます。

ところで、それがいつの時代設定でも、復讐劇は私を興奮させます。興味深いことに、『マイ・ボディガード』には一昨年公開されたやはり復讐劇である『KILLBILL VOL.1』冒頭の言葉“復讐は、冷えてから食べると一番美味しい料理”と同じ台詞が出てくるのです。原作を読んでいない私は、物語の3分の1程度しか“ボディガード”ではないデンゼル・ワシントンによって語られるこの台詞により、暗く、重い復讐の物語がここから始まるのだと理解しました。前半部分との劇的な乖離がそこにはあります。トラウマに侵されたデンゼル・ワシントンの心が癒されていく過程がダコタ・ファニングの誘拐シーンで終わりを告げる前半部分から一変し、それ以降は冷酷にして緻密な、かつての戦友であるクリストファー・ウォーケンに言わせれば“芸術的な”復讐の描写が多くを占めることになるのです。ここで重要なのは、何故デンゼル・ワシントンが復讐に走ったのかということです。彼はあるトラウマを抱えていて、もはや死ぬことでしかそのトラウマから逃れられないところまできている。その閉ざされた心に小さな光を与えてくれた一人の少女との交流を通して、彼には笑顔が戻り、つまり、人間性を取り戻す。しかしそんな幸福も束の間、その少女は、メキシコ最大の誘拐組織に拉致され殺されてしまう。自分に新たな命を与えてくれた少女が無残に殺されたこと、これが映画を観る限り分かり得た復讐の原因です。
では、彼が抱えるトラウマとは何か。実際、その具体的な説明はほとんどされません。いかにも映像派的でその過剰振りが目立つばかりの撮影監督ポール・キャメロンによる画面処理とフラッシュバックは、物語を補強する上で、その派手な画面の積極性に反し非常に消極的でした。つまり“対テロ部隊に所属する暗殺者だった”という経歴はあまり描写されないのです。この辺りのバックボーンを省略しつつも、物語にある強度と深みを与えられるのかがブライアン・ヘルゲランドの腕の見せどころだったはずですが、この部分に関してはあまり成功しているとは思えませんでした。恐らくそれは脚本の杜撰さというより、観客に対して積極的でありながら物語に対しては何処までも消極的な、あの映像的画面処理に拠るのだと思うのです。

何人もの人間を殺すにはいささか人間的過ぎ、やり場の無い贖罪意識も神に許しを請う事(聖書を読むこと)だけでは満たされない。だから彼は死に向かうのですが、自殺に失敗した後の、あの雨の庭に立ち尽くすシーンにはやや疑問が残ります。それを自室から見ていたダコタ・ファニングは、どうしてあそこでカーテンを閉めたのか。あの部分の演出が最後まで気がかりでした。その他の部分での演出は流石トニー・スコットといった感じで、主人公2人はもちろん、クリストファー・ウォーケンとジャンカルロ・ジャンニーニの異様な存在感も、ミッキー・ロークの醜さも、国籍の曖昧さが異彩を放っていたレイチェル・ティコティンも、等しく素晴らしかったと言えるでしょう。メキシコでのロケーション撮影はかなり成功していて、ラスト近く、デンゼル・ワシントンが自らの命と引き換えに犯人と取引に応じる場面の、険しい山々を背景にした殺風景な、いかにもメキシコ的な美を切り取ったシネマスコープの画面は、この陰惨な物語を締めくくる圧倒的な迫力を持ち得ていました。それと、本作ではマルチカメラが使用されていて、ポール・キャメロンもその部分に相当力を入れたらしいのですが、残念ながらその場面を思い出せません。もう一度観て判断したい部分ではありますが、もちろん、ポール・キャメロンによるあらゆる画面処理が全く駄目なわけではなく、今回はその頻度が過剰だったのだと思います。

最後に映画における復讐に関して。R-15指定も肯ける残酷な描写がいくつかの場面で見られますが、やはり復讐を描くためには、最低でもあの程度の“憤怒”は感じさせてもらいたいと思います。トニー・スコットはその辺を描かせると、途端に力を発揮するなと感心しました。犯人の弟の手を散弾銃で撃ち抜くシーンは本当に良かった。吹っ飛んだその指を見せるか見せないか、ここが重要なことを監督は知っています。映画における復讐において最も大事なのは、そこに欠ける時間とその手法の周到さ、そして、何より残酷さだということも。

なんにせよ、アメリカ映画として満足のいく映画でした。その前に観た『エイリアンvs.プレデター』のポール・アンダーソンと比べるのは酷ですが、私は劇場を出た後、他ならぬ彼に向かって「この映画を観ろ!」と心の中で叫んでいました。

2005年01月02日 23:38 | 邦題:ま行
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Comments

>雄さま

こちらこそ、ありがとうございます。
私もよく覗かせてもらっておりますが、教えられることも多いです。しかも、好みが似ているのかも、などと勝手に考えたりしてます。

そうですね、端から「表面」としてみれば、あの映像処理も手が込んでいるという解釈が出来ると思います。私もどちらかというと古いタイプの活劇を好みますが、トニー・スコットやタランティーノ(はまた違うかもしれませんが)もまた今のアメリカでは貴重な作家だと思います。

ちなみに、私も明日、パンクピカソ展にいくつもりです。


Posted by: [M] : 2005年01月07日 15:54

TBありがとうございます。[M]さんのブログ、いつもなるほどなあと思いながら興味深く拝見してます。

物語に消極的というのは私も強く感じました。あの映像処理は私も好きになれませんが、「深み」を求めることを止めてしまえば、自分の趣味は古くさいなと悲しみつつも、それなりに楽しめました。


Posted by: : 2005年01月07日 13:52

宣伝する側としては、もちろん多くの客を呼びたいわけで。もはやそのための手段は問わない、そう宣言しているような感もありますね。
それと、本作のCMでは、ラストの重要な場面を見せてしまっています。あれは「レオン云々」以上に問題かと…

私は、信頼できる友人の言葉しか信用していませんが、基本的には自分で判断するしかないんですよね。


Posted by: [M] : 2005年01月04日 13:12

う〜ん、宣伝にうたわれた「レオン」の面影は一体どこに?って感じですね。あの宣伝を見て「いまだにレオンに頼るの?もういいよぉ」と辟易して、パスしようと思ったんですけど、[M]さんのテキストを読むと全くの別物なんですね。気になるわぁ。それにしても、「作品自体は素晴らしいのに、なんでこんな宣伝の仕方するのかしら?」と歯がゆい思いをすることって多々ありますよね?


Posted by: shima : 2005年01月04日 01:59
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