2004年12月14日
『モーターサイクル・ダイアリーズ』、無謀な旅への果てしなき憧憬
「好きな映画はどんな映画?」
こんなことを尋ねられた時、ちょっと真面目に答えれば「世界を感じることができる映画」と答えると思います。それをごく単純に換言すれば、一先ず「ロードムーヴィー」という聞きなれた名称が出てくるのかもしれません。ヴィム・ヴェンダースによって一般化したこの“ロードムーヴィー”という言葉、私がこの言葉に惹かれるのは、まさしくそれが、旅すること自体を題材にした映画だからにほかなりません。旅と映画、この二者は、私にとってほとんどイコールで結ばれ得るものです。“世界を発見すること”、それは旅であり映画なのです。
ここで言う世界とは単なる景色だけを示すものではなく、人間や文化をも含んだ何者かです。流れを速める雲、全てを吹き飛ばすかのような強風、何かを守るようでもあり、全てを奪う時もある雨、そして太陽…すなわち“自然”と、それと関わらずには生きられない人間の動きや表情、そしてその人間が生み出した文化を観る事が、私にとって映画を観る事、そしてそのまま旅とも重なるのです。
旅には人間を根底から変えてしまう不思議な魔力が備わっています。私も21歳の時、ほかならぬ旅を通じて、その先の人生観が決定したといっても過言ではありません。そんな経験を持つ人なら、ウォルター・サレス監督の『モーターサイクル・ダイアリーズ』に少なからず共感と郷愁を覚えずにはいられないでしょう。「旅は若さを作る」と言ったのは『気狂いピエロ』のジャン・ポール・ベルモンドでしたが、本作を観て思うこと、それは、「旅は人生を変容させる」ということに他なりません。
そもそも、旅というものは無謀であればあるほど実り多いものです。金もない、荷物も最小限、あるのは漠とした野望だけ。しかし、この事実が真実だと私が確信するのは、やはり無謀な旅をした経験があるからなのです。ということはつまり、旅をしたことがあるかないか、その実体験の有無が、本作の印象を左右することは間違いないと思います。
さて、彼ら2人の旅は、書物の中でしか知らなかった世界を発見することでした。今、目の前に広がっている光景をその目に焼きつけ、文字通り体験することで世界を体に刻みつけたいという野望が彼らを動かしたのです。冒頭のナレーションにもあったように、それは決して偉業の物語ではなく、同じ大志をもった2つの人生が、しばし“併走”した物語です。チェ・ゲバラとして神格化された男を、偉人としてでなく、ある一人の迷える若者として描くこと。その傍らには、やはり同じように無鉄砲で人間味溢れるもう一人の男がいたという事実。この事実に対するウォルター・サレスなりの回答が、この“併走”という言葉に表れているのだと思います。
実際、年長者であるアルベルト無くしてこの旅はありえませんでした。発案者であり、ポデローサ号の持ち主でもあるアルベルトがこの壮大な旅で果たした役割は非常に大きい。アルベルトを演じるために体重を6kg増やして役作りをしたというアルゼンチンの舞台俳優、ロドリゴ・デ・ラ・セルナの素晴らしさは、ほとんどガエル・ガルシア・ベルナルを凌駕する程だったと思います。それが最もよく表れていたシーンは、自らの思想に目覚めたフーセル(アルベルトは親友ゲバラを最後までそう呼んでいました)がサン・パブロのハンセン病施設で催されたささやかな誕生日パーティ上で、演説をするシーンでした。演説をするフーセルを見つめる、あのアルベルトの複雑極まりない表情。尊敬と諦念が入り交ざり、微笑みと悲壮感を同時に漂わせたアルベルトのあの顔こそが、後に神話的存在になるゲバラの人生のターニングポイントを的確に表現していたと思うのです。
本作で描かれた景色の素晴らしさについては観て納得していただくほかありませんが、撮影監督エリック・ゴーティエの仕事ぶりはとても無視できるものではありません。私が最も興奮したのは、ポデローサ号とカウボーイ2人との競争シーンです。バイクと馬がまさに併走する様を、その速度を生かしたまま移動撮影で切り取って見せたあの映像には、西部劇のような躍動感が漲っていました。そのような“動的”場面もさることながら、“静的”なロングショットも本作には多く存在します。やはり、ここしかない!という部分での固定ロングショットの有無で撮影監督の実力がでるものだな、と改めて確信しました。
『モーターサイクル・ダイアリーズ』を真のロードムーヴィーだと言いたくなる最大の理由、それは、この映画が順撮りで撮影されたことです。つまり撮影自体が旅の行程そのものに重なるのです。本物のハンセン病患者の出演や、明らかに素人だと思われる人物の起用以上に私が感心したのは、旅の先々で初めて出会った人物や景色に対する感動が観ている私にダイレクトに伝わってきたからで、それはつまり順撮りが生み出したエモーションだったのだと。即興演出や現場における脚本の変更なども臨機応変に行われたのだと思います。この非=効率的アプローチをあえて選択したウォルター・サレス監督の手腕は、本作で完全に証明されたと思います。
上映後、私はしばし呆然としました。何故か過去に旅した時の光景が頭から離れずに。そして、こうして文章を書いている今は、旅への強い憧憬が頭の中で充満しています。次回作はゴダールやイニャリトゥらが参加するオムニバスだとか。期待が高まります。
【関連ページ】
『モーターサイクル・ダイアリーズ』に関する追記
2004年12月14日 12:01 | 邦題:ま行
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>ツボヤキさま
いえいえとんでもない。こちらこそありがとうございます。ガーデンシネマにてレイト公開のみのようですね。しかも来週の金曜日までですか。
観れば絶対に面白いとは思うので、出来れば駆けつけたいと思います。
Posted by: [M] : 2005年02月23日 16:17
いきなり、お邪魔しました!
すみません。一部でしか上映にならないよーですが、
気になってしまったので参りました。
TBまで、お世話になりました、ありがとうございます。
Posted by: ツボヤキ : 2005年02月23日 00:57
TBさせていただきます。
この映画、見ようか見まいかずっと迷った末に、やっと見ました。ブログを書くについても、ずいぶん迷いました。われわれ世代には、それだけチェ・ゲバラの影が大きいということでしょうか。
Posted by: 雄 : 2005年02月16日 00:32
>linさま
はじめまして。
TBありがとうございました。本作を観て、ゲバラへの思いを募らせる…映画はこうして、思わぬ方向に興味が広がるからやめられませんね。
こちらからもTBさせてもらいます。
今後とも宜しくお願いいたします。
Posted by: [M] : 2005年01月17日 12:05
こんばんは。
この映画にはまりまくったせいで昨年秋は一人ゲバラ祭開催していましたw
旅に出たくなる、生き方も考えたくなる、そういう映画に出会ったのも久々だった気がします。
TBさせて頂きました、またBlog拝見しに伺いますのでヨロシクお願いしますw
Posted by: lin : 2005年01月16日 23:55
>ツボヤキ★さん
メリークリスマス!
コメント&TBありがとうございます。
TBは一つ削除しておきましたので、ご心配なく〜
またいつでも遊びに来てください。
こちらからも今後TBさせてもらいます。
Posted by: [M] : 2004年12月24日 18:08
メリー・クリスマス〜♪
申し訳ありません!
2回もTBをしてしまったまま、こちらから削除する方法は無かったのですよね。
ご迷惑をおかけしました。
ごめんなさい。
素敵なblogを拝見させていただいています。
何卒、お許しくださいませ。
Posted by: ツボヤキ★ : 2004年12月24日 17:16
>うなぎさま
はじめまして。コメントありがとうございます。
拙文にご賛同いただき恐縮です。あのアルベルトの表情は、ことのほか(ほとんど予想外に)驚き、そして感動したシーンでした。
おっしゃるとおり、旅がスタッフもキャストも変えていったであろうことは、どうしても指摘したかったのです。うなぎさんも感じましたか!
リンクに加えていただき恐縮です。
また遊びに来てください。私もこれからじっくり読ませていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by: [M] : 2004年12月17日 00:47
>shimaさま
眼差しの映画ですか。あのモノクロ画面、スチールでない分、実は作為的とも取れるんですよね。でも、かれらがカメラをまっすぐに見つめる視線には、嘘はないだろうと思わせる力強さがあったのかもしれません。
貴方がロードムーヴィーに惹き付けられる理由は分かりませんが、それについて考えてみることは無駄ではないと思います。それこそ、shimaさんにしかわからない感覚に気付くかもしれませんよ。
Posted by: [M] : 2004年12月17日 00:42
[M]さん、はじめまして。
各所辿ってこちらに到着しました。
「モーターサイクル..」は、いつまでも余韻が消えない映画ですね。
アルベルトが果たした役割の大きさについて書かれていますが、私も激しく同感しています。
スピーチをしているエルネストを見る、アルベルトのあのまなざしは、
映像表現としては地味ですが、実に多くを語っていたように思います。
>順撮りが生み出したエモーション
そうですね、撮影が進むにつれ、彼らが変化していく様子が見て取れます。
旅が俳優をも変えていったんでしょうね。
こちらのブログをリンクさせていただきました。
今後ともよろしくお願いいたします!
Posted by: うなぎ : 2004年12月16日 23:54
私もこの映画を観るまえに
「どうしてロードムーヴィーに惹きつけられるのかしら」
と思いを馳せてましてた。
劇中特に印象的だったのはモノクロのシーンでした。
色彩という情報が遮断された画面からは、
リアルな視線が真っ直ぐにこちらに届いてきたからです。
私にとってはこの映画は「眼差し」の映画でした。
Posted by: shima : 2004年12月16日 19:47
>sthさま
余計なことは言わないように。チーズも作らなくてよろしい。場所等はメールでお知らせします。
>Teralinさま
こんにちは。TB&コメントありがとうございます。
そちらに書き込もうとしたんですが、コメントが文字化けしてしまったので、こちらに。
生涯のBEST3に入りますか! それはそれは。
実は書き忘れたことを思い出して、今、追加で書こうか迷ってます。いい映画でしたね、本当に。
Posted by: [M] : 2004年12月15日 12:06
TBありがとうございました。
さほど派手ではないこの映画ですが、
今年私がみた映画の中のベストスリーと
言ってもいいほど心っています。
Posted by: Teralin : 2004年12月15日 00:02