2004年11月04日

『悪い男』、キム・ギドクこそ文化の日に相応しかったと孤独に肯く

というわけで、文化の日は朝一で『春夏秋冬そして春』をル・シネマにて。その後、東京都写真美術館で開催中のマリオ・テスティーノ展を個人的事情で断念し、封切りで見逃した『悪い男』を鑑賞しました。祝日のbunkamuraは、朝から結構な人だかりで、1時間前に整理券をもらった私で28番。客層はバラバラでしたが、比較的年配層が多かった気がします。ほぼ満席。『春夏秋冬そして春』については別途作品評を書きますので、ここでは『悪い男』に関してニ言三言。

本作の主人公もまた、ほとんど言葉を発することがありません。しかしそんな男でも社会に暮らす人間であれば、どのような形であれコミュニケーションというものが不可欠です。さて、ヤクザな主人公を演じるチョ・ジェヒョンは、ではいかなる手段で意志を疎通させるのか。それは睨みつけること、暴力を振るうこと、そして煙草をさしだすことによってです。そして、それらの行為一つ一つが、物語のバネをギリギリと巻いていくことになります。

冒頭、人ごみにその黒い姿を現したチョ・ジェヒョンは、偶然見かけた女子大生ソ・ウォンの唇を暴力的に奪い、駆けつけた軍人らによって、暴力的に動きを奪われます。暴力を暴力で返され、なんとなく安心しているかのようなチョ・ジェヒョンが睨みつけるソ・ウォンには、それがまさか、愛を物語っているなどとは到底思えない。よって男は屈辱的に唾を吐きかけられる。
さて、この一連のシークエンスだけを観ると、その理不尽さのみが観客に植え付けられることになります。いや、チョ・ジェヒョン演じるヤクザは、常識的見地から見れば、最後まで理不尽極まりないのです。

ところで、『悪い男』に描かれた愛は、俗っぽい言葉で言えば“歪んだ愛”ということになるでしょうか。しかし、ここで勘違いしてならないこと、それは、歪んでいるように見えるのはヤクザであるチョ・ジェヒョンの行為(つまりコミュニケーションの方法)そのものであって、決して愛そのものではないということです。あまりに直線的なその想い故に暴力が先んじてしまうというのは、悲劇とも言い得る。悲しい男、チョ・ジェヒョンは、その悲しさを観念でなく、暴力(直接的な痛み)によって表現しているのです。前作『魚と寝る女』同様な印象を持ったのも、そういった共通点に拠ります。
“痛み”のない“理解”などありえない、キム・ギドクはそう確信しているのです。

興味深かったのは、刑務所に入れられたチョ・ジェヒョンを、彼の子分が尋ねていく場面。彼はチョ・ジェヒョンに対し、これまで様々な映画で描かれてきたように煙草を差し出すのですが、彼らの間にあるプラスティックの壁に空いた小さな穴から煙草を渡すというより、その穴の途中で火をつけ、チョ・ジェヒョンに吸わせてやるのです。火のついた煙草を渡して初めて煙草がコミュニケーションの手段となる。それは、やはりその子分の盗撮行為が発覚した際、実は病身の親のために金が必要だったと理解したチョ・ジェヒョンが、出て行った彼を追いかけ、そっと火のついた煙草を差し出す場面にも現われているのです。

『悪い男』を観た人間に求められる態度は、“女をバカにしてる!”とか“女性蔑視で不快だわ!”などでないことは、もはや明確でしょう。未だ自らの固定観念に囚われつつ、自身の持つ恥ずべき官僚性に気づくことの無い人間には間違ってもわからないであろう、この映画の持つ狂暴な優しさ。
ソ・ウォンによって切り取られたエゴン・シーレの絵が「抱擁」というタイトルだったことにを知り、私の思いは確信へと変わりました。

2004年11月04日 19:20 | 邦題:わ行
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Comments

>syd(fujikijun)さん

コメントありがとうございます。いえいえ、過去記事に対するコメントも大歓迎ですので。

仰るとおり、私もあのマジックミラーで『パリテキサス』を思い出したわけですが、以前『コースト・ガード』作品評でも書いたのですが、キム・ギドクにとっての“ガラス”や“水”はかなり重要な装置だと思っています。何かをそれは形を変え、対象に光を当てたり、傷つけたり、あるいは二人の距離を近くて遠いものにしたり、時には行く手を阻んでみたりと、様々な形で変奏されるもので、キム・ギドクの映画には必ずといっていいほど登場する装置だと思います。
お時間がありましたら、是非その他の作品もご覧になってみてください。


Posted by: [M] : 2007年02月15日 10:29

「弾性」は「男性」の間違いでした。お恥ずかしい…。


Posted by: syd(fujikijun) : 2007年02月14日 15:35

こんにちわ。mixiの方で、一度メッセージを遅らせていただいた者です。すでに3年前になる記事に突然コメントしてすいません。本作に対する[M]さんの批評を拝見させていただいて、「なるほど」を数え切れないほど乱発してしまいました。ぼく個人としては、最近「パリ、テキサス」を見たせいか、あのガラスのシーンが、どうもそれに似ているようにも感じられ、そのせいか、本作はガラスがひとつのキーアイテムなんだろうなあ、と思わざるを得なかった(主演の弾性が刺されるのもやはりガラスでした)のですが、そのあたり、[M]さんが、どういった解釈をしているのか知りたくて、コメントさせていただきました。長々と書いてしまってすいません。では、失礼します。


Posted by: syd(fujikijun) : 2007年02月14日 15:33

>ng殿

先日はどうもでした。
早速観ていただいたようで。あのマジックミラーは、『パリ・テキサス』以来の効果的な使用だったと思います。笹ツタで借りたんですか? 本作があるなら、『春夏秋冬そして春』は最低でも置いてあると思いますよ。

貴兄のリコメンドも今週中に鑑賞しやす。
後程、先週末の日記を更新いたしますので。
あ、結局「ミリオン〜」「ライフ〜」は観られなかったのでしょうか?


Posted by: [M] : 2005年06月13日 15:54

どうも。
先日リコメンドされた「悪い男」みました。いい映画教えてくれてありがとう!!という感じです。セリフの代わりに煙草や絵やマジックミラーといったものがうまく使われて豊かな表現となってましたね。とくにマジックミラーは、二人の距離を表現するものとしてとても繊細で美しく、緊張感のあるものとして強烈に印象に残ってます。笹ツタの韓流コーナーに他の作品があることを願うばかりです。


Posted by: ng : 2005年06月13日 13:41

突然の書き込み失礼致します。

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Posted by: 木村 : 2004年11月06日 14:17
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