2004年10月25日

『コラテラル』、巻き込まれた果てに…

監督はマイケル・マン。彼を初めて知ったのは、高校生の時に観た『刑事グラハム 凍りついた欲望』だったと記憶しています。少なくとも『レッド・ドラゴン』より面白かったような気がするのですが、もう何年も観ていないので定かではありません。初期の作品は観ていませんし、あまり適当な事は言えないのですが、私の中の“マイケル・マン像”に直結するイメージ=言葉は“対決”というものになろうかと。刑事vs犯罪者、個人vs組織、部族vs部族、等々。ただし、広義の“対決”はアメリカ映画のあらゆるジャンルを包括してしまうかも知れず、そう考えると“対決”を全く描かない監督の方が少ないのかもしれません。と、いきなり自ら出鼻を挫いたわけですが、やはりここでは強引に、対決の映画(と言えなくも無い)『コラテラル』について、話を進めます。なお、いつものように結末に触れまくっています。といっても、この手の映画はネタバレとかそういう次元で面白かったりつまらなかったりするものではないかと思うのですが、一応、公開前ですので。

例によって原題である『COLLATERAL』の意味を調べてみると、公式サイトには、“間違った時に、間違った場所に偶然居合わせてしまうこと=巻きぞえ”とあります。まぁ全くもってそのまんまです、この映画は。極めて真っ当なタイトルではありますが、果たしてそれだけで終わってしまう映画かということです、問題は。仮にそうだとするなら、『コラテラル』は面白みに欠ける映画だと言わざるを得ないのですが、“巻きぞえ”という主題以外の部分で、少なからず興味深い部分を発見できたのは幸いでした。

今回、トム・クルーズは冷酷な殺し屋という触れ込みですが、このフレーズが、相も変らぬ捏造された宣伝文句であるという事実は、観た方であれば大いに納得できることだと思います。というのも、トム・クルーズ演じる殺し屋は、実はかなり人間味のある人物に見えてしまうからです。頭は切れるし、フィジカルも屈強なこの殺し屋は、しかし、最終的な対決には勝てないでしょう。では、何故ジェイミー・フォックス演じる凡庸なタクシー運転手に負けることになるのか。
いささか倒錯的ですが、トム・クルーズの敗北は、まさにトム・クルーズ自身がそのように仕向けたとすら思ってしまうほどだったのです。実際、ジェイミー・フォックスが、とりわけフィジカル面でトム・クルーズに到底太刀打ち出来ないという事実は、映画の中盤で簡単に証明されてしまいます。この時私は、ラストシーンは絶対に銃による対決になるだろうと確信しました。アメリカ映画における一つの“型”ともいえるラストの殴り合い、これはまずありえないだろうと。であれば、この1対1の対決は、銃に頼らざるを得ないと考えたわけです。もちろん、銃の腕前もトム・クルーズの方が圧倒的に上です。というよりも、ジェレミー・フォックスは、銃すら撃ったことがない人間として描かれています。だとすれば、最後に勝利するものが持つべき強さ、それは“運”に他ならない。強運の持ち主こそが勝つのだという、一見必然を欠いた、だからこそ現われてくるご都合主義が、しかし、かなり弱いながらも(実はこう書かざるを得ないところが、この映画の限界でもあると思いますが)、ラストへと収斂されていたこと。もし『コラテラル』に美点があるとすれば、その部分ではないでしょうか。

若いチンピラめいた2人組を、トム・クルーズが瞬間的に撃ち殺すシーンがありました。その時、彼は律儀に両手で銃を構えて銃を撃つのです。私が『ヒート』において印象的だったのは、まさしく、ロバート・デ・ニーロが“正確に”銃を構える姿勢だったのですが、それを今度はトム・クルーズが反復しているかのようです。相手も銃を持っているがゆえに、一瞬の動きで勝負が決まる、こんな切羽詰った状況であったにもかかわらず、彼はきちんと両手で銃を構える。私はここに、ある種の違和感を感じました。あの律儀さ、というか几帳面さが、しかし、自分自身を追いつめていくことになったのだと気づいたのは、映画が終わった後でしたが(そういえば、3人目のターゲットを殺す前にも、彼はかなり丁寧に話を聞いてやるのです)。

対するジェイミー・フォックスですが、彼は始めのうち、あたかも、目の前にある事物に即時に反応しつつ、行動を起こすことの出来ない人間であるかのように描かれていました。将来の夢に対してもしかり、女性に対してもしかり、そして殺し屋にたいしてもまた…そのようにして12年もタクシー運転手を続けざるを得なかった彼が、そんな自分の弱さを克服していくことで最後に勝者になるのですが、この手助けをしていたのが、図らずもトム・クルーズだったということは、もはや言うまでもないでしょう。それが最も端的に表れていた場面が、あの4人目のターゲットの資料を取りにジェイミー・フォックスが依頼人のもとを訪ねるシーンです。あの時点でジェイミー・フォックスは、生き残るために、という理由だけでは到底説明されないような、劇的な飛躍を見せていました。その後「もう何も失うものはない」とまで決意させ、捨て身のヒーローを演じることになるのですが、そうなったのも、トム・クルーズがそんな“飛躍”に至る“試練”をジェイミー・フォックスに与えたからに他なりません。あの凡庸なタクシー運転手の成長を誰よりも願っていたのは、他でもない、トム・クルーズなのではないか、と思わせるほどです。

ラスト、地下鉄車内における至近距離の銃撃戦は、ほとんど出鱈目に撃ちまくったジェイミー・フォックスの弾がトム・クルーズにたまたま当たった結果となりましたが、これも、前述した“運”が彼に備わっていたからに他なりません。やはりきちんと構えずにはいられないトム・クルーズより、出鱈目とはいえ先手を打ったジェイミー・フォックスのほうに“運”が向いていたからです。自らの暗い記憶(彼の苦悩とニヒリズム)をなぞるように車内で死んでいくトム・クルーズは、結局、冷酷な殺し屋というよりは、自分の死に様を他でもない、ジェイミー・フォックスに看取られたいがために、執拗に彼を追いかけていたのではないか、などと思ったりもしました。

しかしながらどうしても言わなければならないと思うのは、『コラテラル』にはやはり、たいして感動できなかったということです。少なくとも、人に薦める映画では無いような気がしました。これを薦めるのであれば、今、他に薦める映画が間違いなく5本はありますから。ただし、俳優陣の演出は決して悪くありません。

2004年10月25日 19:00 | 邦題:か行
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Comments

>哲人30号さま

はじめまして。
TBとコメント、ありがとうございます。
blogのほうも拝見いたしました。
「動」よりも「静」、なるほどと思いました。
こちらからもTBさせていただきます。
今後ともよろしくです。


Posted by: [M] : 2004年12月14日 09:59

はじめまして。
大変遅ればせながら観て参りました。自分は公開終了直前まで迷ってから観るタイプなので。
やはりトムは悪役ではありませんでしたね。
自分の後輩は酷評していましたが、それほど駄作でもなかったと思います。とは言え、褒めちぎるほどでもなかったとも思いますが。


Posted by: 哲人30号 : 2004年12月13日 23:53

TBさせていただいたNANと申します。
コメントまでしていただいてありがとうございました!
私はコラテラルは結構好きだったのですが、きっと票は分かれる
映画だなぁと思いました(^^;
でも映画って色んな感じ方があるのが素敵と思ってるので、
「cinemabourg*」さんのレビューも素晴らしいな〜と思い
ご紹介させていただきました。
色々と映画を見られていて羨ましいです。
またお邪魔させていただきますね(^-^)


Posted by: NAN : 2004年11月08日 10:03

>しまりすさま

コメント&TBありがとうございました。
そうですね、この映画はどちらかというと“ドラマ”的要素の方が印象に残ります。対決を軸にしたアクションとは趣が違うような気がしました。シネマスコープが少しだけ意外でした。


Posted by: [M] : 2004年10月26日 13:39

こんばんわ!
TBありがとうございました。
観る前は何故か、展開が目まぐるしく変わる、エキサイティングな映画かと思っていたので、
その辺についても物足りなかったんですけど、
今思い返すと、ヴィンセントの哲学とか、マックスの成長とか、
一風変わったヒューマンドラマとして観てもいいかもしれないな〜、なんて^^
まぁ、どちらにしても、感動するといった映画ではなくて、
2時間という時間を楽しんで、後に残らない映画かな、って思います。


Posted by: しまりす : 2004年10月25日 21:45
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