2004年07月04日

『風の痛み』 『スパイダーマン2』、風と蜘蛛を愉しんだ週末

スパイダーマンマスク昨日は“地の利”を生かしてユーロスペースに。イタリア映画際傑作選から『風の痛み』を鑑賞してきました。時間的にこちらの都合にあった、という理由でのセレクトでしたが、非常に良く出来た映画だったと思います。シルヴィオ・ソルディーニという監督の名前は今回初めて知ったのですが、数年前に公開されそれなりに当たった『ベニスに恋して』を撮った人みたいです。今回のように、何の事前情報も無しに映画を観にいくことは結構稀で、チラシやらWEBやら情報誌やらで、それなりに“予習”していくことが半ば習慣化しているのですが、『風の痛み』というタイトルに何故か惹かれたというだけの選択眼も、我ながら悪くなかったと思っています。

イタリア映画とはいえ舞台はスイス、しかもイタリア語を耳にするのはラストシーンのみで、大半はフランス語とチェコ語で会話される『風の痛み』、この映画は故国を去らねばならなかった男と女の痛ましい物語です。それは主人公トビアシュとリーヌの間に横たわる“4つの国”(それは言葉や風景や空想や思い出の中にあります)が、彼らの人生を大きく左右するからです。ほとんど“不可能な愛”をいかに成就させるかという過程を描いたこの物語には、幾度か繰り返される描写が出てきます。2人でバスに乗るシーン、トビアシュが自転車に乗るシーン、工場で食事するシーン…実際、これらのシーンが『風の痛み』を形作っていると言っても過言ではありません。そしてさらにいうなら、上記3つのシーンこそが素晴らしいのです。繰り返される中にも徐々に、しかし確かな変化が見られ、その変化は2人の距離を二重の意味で(視覚的にも物語的にも)縮めていくことになります。

個人的に最も美しかったのは、前述の距離が“完全に”廃棄されるラストシーンではなく、トビアシュが不意にリーヌのうなじに口付けするシーンで、その時“瞬間的に”距離は廃棄されたかに見えるあまりにエロティックで悲しい瞬間でした。さらに言えば、トビアシュを演じるイヴァン・フラネクの顔が良かったです。あの顔に自転車の滑走運動が加わって感動しないわけが無い、というのが私の率直な感想です。頗る個人的な感想ですが…

夜は夜で、『スパイダーマン2』の先行オールナイトに。これは予定外でしたが、たまたま通りかかった渋東シネタワーに、“本日先行オールナイト!”という手作り風な看板を見つけ、つい先日青山真治・阿部和重両氏が『スパイダーマン2』を絶賛するのを目の当たりにしたばかりだったので、この機会を逃す手は無いと帰るのを断念し、時間をつぶしながら22:20の回に滑り込んだというわけです。すでに適量のワインやビールが体内に蓄積されていたことによる、無駄なテンションの上昇を自ら感じてはいましたが、それを差し引いても『スパイダーマン2』には興奮しました。前作を事前に見直していればさらに楽しめたかもしれないと若干の後悔もありますが、とにかく“サム・ライミはやっぱりうまい”と手放しで賞賛したくなる気持ちです。その賞賛は、キルスティン・ダンストがいかに美しくなかろうと減少するものではありません。先ほどに続き顔について言うなら、キルスティン・ダンストが何故現在のハリウッドにおいてかような位置にいるのかを全く理解しかねるほど、彼女の顔は好みではありませんが、確かに『スパイダーマン』に出ている彼女は、ソフィア・コッポラが撮った彼女とは違って、美しくはないけれど“表情”が悪くないんです。まぁ、こんなことは映画を観た人でないとわからないでしょうから、この文章を読んでいる方は、それがアメコミを題材にしたハリウッド映画だという理由で、もしくは、いつもなら期待できない続編だからという理由でそっぽを向くのではなく、積極的に『スパイダーマン2』を観にいっていただきたいと思います。絶対に損はしません、とだけ言っておきます。

2004年07月04日 11:16 | 邦題:か行, 邦題:さ行
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