2004年06月23日

現象としての『ロスト・イン・トランスレーション』

20040526.jpgシネマライズの初日・2日目観客動員、興行収入が新記録達成したという『ロスト・イン・トランスレーション』をいまさらながら鑑賞したわけですが、公開して間もない頃の混雑振りは確かにすごかった模様、全回立ち見なんて聞くと、それがどんな映画だろうと行く気が失せてしまい、あんなタバコも吸えないような映画館で1時間以上待っている苦痛にはとても耐えられないという結論に至ってしまいます。あれだけヒット作(飽くまで単館レベルですが)を生み出す劇場なのですから、今すぐ整理券制にしてくださいよ、ライズさん!

ところで、『ロスト・イン・トランスレーション』に何故あれだけの人が集まったのかを考えてみると、それは多分、ソフィア・コッポラの名前に反応したと言うより、もっと抽象的な理由がそこに隠されているのではないかと思うのです。前作『ヴァージン・スーサイズ』の公開時よりも、日本における彼女の存在がよりポピュラーになっているのは事実だと思います。あの当時、ソフィア・コッポラという名前に反応し得た人間は、今のように大多数ではなかったはず。もちろん、一部の人間にとってはすでに“コッポラの娘”として、または“X-GIRL”のクリエイターとして、もしくはファッションカメラマンとして知られていたのですが、現在のように(極端に言えば)誰もが知る女性ではなかったはずなのです。『ヴァージン・スーサイズ』の出来自体にここでは言及しませんが、例えば“ガーリー趣味”と評されもした彼女の処女監督作に対する多くのメディアにおける注目度も、決して高くは無かったのではないでしょうか。しかしそうだとしても、以前とは違ってより多くのポピュラリティを獲得した彼女の映画に、あれほどの人が集まっても不思議ではない、とは言いきれないと思います。ではどうやって説明がつくのか? もちろん、メディアの力がまず第一に挙げられるのは言うまでもありません。彼女の実兄が監督した『CQ』についてどれだけ多くの人間が語ったのかを考えてみると、やはりメディアの力は大きいのです。しかし恐らく、それ以上に強い力学を見落としてしまうと、現在の“東京におけるソフィア・コッポラ”を語るには足りないと思われるのです。

では、“東京におけるソフィア・コッポラ”が持つ磁力とは何なのでしょう。私が思うに、それは彼女自身がすでに東京のカルチャーアイコンと化しているということと無縁ではなく、多くの(映画好きとまではいかない)女性たちは、飽くまで便宜上“TOKYO CULTURE”と呼びますが、そのエッジを感じたいから『ロスト・イン・トランスレーション』に足を運ぶのだろうと。これに似た現象は、数年前やはり渋谷においてすでに見られていたわけで、それは『バッファロー'66』にまつわるヴィンセント・ギャロ崇拝なのですが、『ブラウンバニー』へと引き継がれたかに見えるギャロ信仰は、日本というか東京特有のもので、観る人は、何故か自分とギャロを重ね合わせてしまいがちなところが、あまりに日本的だったといえると思いますが、今回のソフィア・コッポラに関してもそれに似た風景があると言えるのではないかと思います。まして『ロスト・イン・トランスレーション』は東京をその舞台としていますし、シネマライズ近くのカラオケBOXや、渋谷駅前のスクランブル交差点などもスクリーンに映るわけです。これを見ないと東京の“今"(といってもすでに1年近く前ですが)を取り逃がしてしまう、そんな集団的(無)意識が、シネマライズ周辺に渦巻いていたのではないでしょうか。もちろん、以上は全く持って故のない指摘でもあり、それが真実だなどと間違っても言えませんが。ただし、ヴィンセント・ギャロとは映画製作に対するアプローチの異なるソフィア・コッポラは、『ロスト・イン・トランスレーション』にある種の“身近さ”“わかりやすさ”を与えていて、見終えた観客たちは少なからず“満足感(もしくは、幸福感)”を覚え、それがクチコミによってさらなる観客の増加に繋がるという、言ってみれば幸福なサイクルに上手く乗ったのであり、これも彼女の才能を端的に示すものだとも思います。

実際、渋谷周辺に住んでいる身としては、毎日通るような風景を映画で観るというのも奇妙な体験でしたが、『ロスト・イン・トランスレーション』に見出せる“面白さ”は、もちろんその事実にとどまらず、とりわけ魅力的な2人の俳優・女優の演技とか、渋谷での隠し撮りシーンとか、西新宿の雑踏を一瞬でもロマンティックな風景に変えて見せたキャメラとか、そういうところにあったのかな、とたった今思いました。

上記文章は、頗るわかりにくいのですが、実は『ロスト・イン・トランスレーション』への賛辞にほかなりません。正直に告白すれば、あのガーリーな『ヴァージン・スーサイズ』に2度足を運び、ヴィデオでも3回は見ている私は、このたびソフィア・コッポラの才能に改めて気づいてしまったのですが、しかしながら、『ヴァージン・スーサイズ』を観ていない人には、『ロスト・イン・トランスレーション』の面白さ“だけ”を体験させたくなくて、「ああ、あれはコメディだね・・・悪くないけど・・・」などとやや斜に構えた感じで言い放ってしまうのです。われながらその心の狭さに辟易しますが、やっぱりいい映画は多くの人に観られるべきなのでしょうから、これを機に残りわずかとなった上映期間を孤独に宣伝して回ろうかと、そんな風に思ったり思わなかったり…

さてさて、本日はレイトショーで『21グラム』を観てきました。品川プリンスシネマという、普段であれば絶対に行かないような場所で。いずれ何らかのテクストになろうかと思いますが、今、ひとつだけ後悔しているのはパンフレットを買いそびれたことです。あのようなシネコンにおいては、レイトショーの場合、上映前にパンフを買っておかないといけないのですね。シネコンに慣れないもので、終わってから右往左往してしまいました。近く、渋谷シネパレスにでも行って、パンフレットだけでも購入させてもらおうかと思っています。

2004年06月23日 11:11 | 邦題:ら行
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Title: ロスト・イン・トランスレーション(2003) -Lost in Translation -
Excerpt: Tokyo」を舞台にしたこの映画が、前回のアカデミー賞3部門でノミネートされていたのはご存知ですか? 「ゴースト・バスターズ」のビル・マーレイ演じる、ウィスキー「響」のCM撮影のため来日したハリウッドスターのボブと、仕事優先の夫に相手にされない新妻が出
From: 映画で世界を旅するブログ
Date: 2005.05.04
Title: “ロスト・イン・トランスレーション” ソフィア・コッポラ [US+日本'03] 
Excerpt:  ソフィア・コッポラの映画はどこか捉えどころに欠けてみえる。その捉えどころのなさはときに、ガーリッシュとか癒し系などという、いかにも無粋な言葉たちにより彼女の作品が掬い上げられてしまう原因になっているようにも思うのだけど、あたしが彼女の映画を好む理由も...
From: ○ 0 o 。ねこはしる 。o 0 ○
Date: 2005.06.08
Comments

貴重な体験談の書き込みありがとうございます!
はぁ〜、とため息がでてしまいそうですね。私はレストランでの食事だけで精一杯で、将来も部屋のレポートは多分無理ですね…、残念。
それにしても、60万円のスウィートに足を踏み入れられるなんて、「お仕事」とは一体どんなご関係なのでしょうか?
Mさんの文章からは、知性と深い分析力が感じられますが、映画関係者さんですか?差し支えない範囲でいいので、気が向いたらメールでもいただければ幸いです。


Posted by: HH : 2005年05月10日 20:04
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