2006年10月13日

知恵と勇気の人〜「黒沢清を作った10の映画」に参加して

すでに一週間近く経過していますが、先週の土曜日、ジュンク堂池袋本店にて黒沢清氏・篠崎誠氏によるトークセッションが催されまして、いそいそと出かけてきました。

「黒沢清を作った10の映画」と題されたこのトークセッション、本来であればboid代表の樋口氏が司会進行を務めるはずだったようですが、急病により欠席。彼は自分の日記上で、完全休養宣言をするくらい限界に来ていたようで、察するにとても人前で話をしたり聞いたりする気にはなれなかったのでしょう。

というわけで急遽篠崎氏の進行によってトークが始まりました。
先ずは「映像のカリスマ 増補改訂版」を手にした篠崎氏より、本書に掲載されている“70年代アメリカ映画ベスト10”に関する質問が。ズバリ、「当時どんな作品を選ばれたか覚えていますか?」との質問に、おぼろげながら何作かはしっかりと覚えていたらしい黒沢氏は、篠崎氏に促されながらも「ああ、そんなの入れてましたか」的な感じでそれでも何作かははっきりと記憶していたようです。

『ダーティハリー』と『ジョーズ』とアルドリッチ前作品を除く、という留保付きのこのベストテンで興味深いのは、『処女の生血』が入っていること。「それは当然入れますよ」と黒沢氏も言っていたので、当時からある程度の確信はあったのでしょう。しかし全体的にひねったベストテンであることにかわりはなく、ピーター・フォンダを入れたいがために『怒りの山河』を入れたり、最も好きな俳優であるジェームズ・コバーンが出ているからか、ペキンパーでも『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』を選んだりしています。
そして9位の『トラックダウン』。これについては黒沢氏も結構語っていまして、いわゆるアメリカン・ニューシネマが廃れ、その後スピルバーグやルーカスが出てきて再びハリウッドが隆盛を極めるまでの、ちょうど端境期にデビューした何人かの監督のうちの一人としてリチャード・T・ヘフロン監督を捉えていました。なるほど、黒沢氏が敬愛していた映画作家にはこの時期にデビューした作家が多いことが分かります。トビー・フーパしかり、ジョン・カーペンターしかり。
『トラックダウン』の何が良かったのかという問いに、2機のエレヴェーターに乗る者同士の銃撃戦が記憶に残っていると答え、そのありえないシチュエーションにおける撃ち合いがほとんど様式美の域にまで達していたことに感動したと言っていました。私は『トラックダウン』を観た事がないので、氏の言葉を受けて、改めて興味が涌いた次第です。

さて、この後は黒沢清の映画史的記憶を探るべく篠崎氏が用意した「清の異常な愛情」というdvdを流しつつ、黒沢作品のしかるべき箇所にどれほどの引用やらイタダキがあるのかという、黒沢氏にとってはいささか耳が痛く気恥ずかしくもあるようなトークへ。
まずは『スイートホーム』における『ジョーズ』や『スクワーム』からの引用が紹介されます。
黒沢氏はこれらの映像を受けて、アメリカ映画俳優のふとした表情について、独自の見解を聞かせてくれました。すなわち、のっぴきならない状況、すぐそこまで死が迫っているような状況下にもかかわらず、アメリカ映画の何人かの俳優達は、時折フッと笑顔を見せるが、それが日本では文化的な違いからか、俳優の質の違いからか、なかなか出来ない、とのことでした。『スイートホーム』における山城新伍の笑顔には、そのような背景があったのかと納得。

次に紹介された『カリスマ』における『ジョーズ』からの引用には、あまりにそのままなので笑ってしまいました。
そして、『危ない話2 奴らは今夜もやって来た』における『ザ・フォッグ』や『トワイライトゾーン/超次元の体験』のジョージ・ミラー篇や『ドラキュラ復活 血のエクソシズム』からの引用が紹介されますが、確かにああいうのがやりたかったんだろうなぁと快く納得させるその引用(イタダキ)ぶりで、まさにそれこそが黒沢清を黒沢清たらしめているのだろうと、妙に感動してしまいました。

最後に『LOFT』の話になり、篠崎氏による『めまい』の引用に関する指摘に、黒沢氏も素直にそれを認めていました。これは「文学界」における蓮實氏と対談でも触れられていたのですが、とうとう鬼門だったはずのヒッチコックをやってしまったのは何故か、ということを話していました。脚本執筆中、ラストに行き詰まり、氏は自ら罠にはまるかのように『めまい』を観てしまったのだと言います。観てみると、自分がやりたかったのはやはりこれだったんだと納得、結果、確信的に引用したという流れだったようです。
この時私はまだ『LOFT』を観ていなかったのですが、それでも黒沢氏はいささか韜晦的ながらも結果的にはいろいろ率直に語っていたようにも思われ、そんな姿を目の前で見る事ができたという体験は非常に貴重だったと思います。

一通りトークセッションが終って質問タイムが与えられ、2人から質問が挙がりました。
その中で、現時点のベストテンを聞かせて欲しいという大胆極まりない質問があり、もちろんそれに興味がない人間などこの場では皆無に違いないけれど、若い時であればいざ知らず、現在の黒沢氏がそうそう簡単にベストテンを発表することはありえないだろうと思っていたら、やはりその質問に答えるのは難しいと言いつつも、近年良かった作品を数本挙げてくれた時には、その質問者に感謝せざるを得ませんでした。そして挙げられた6本の作品がことごとく自分の好みと一致していたのに嬉しくなり、ついついニヤリとしてしまった次第。なるほど、スピルバーグは2本とも入りますか、なるほど、ペキンパーを敬愛する氏はやはり『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』を支持しますか、などという具合に。最後は『グエムル』という名前まで出て、「あれを日本でやったら大したものだ」的な発言もあり、だったら是非貴方がやってくださいよ高橋洋脚本で、などと無責任に思ったりも。

それともう一つ、このトークセッションで、黒沢氏の中での“アメリカ映画”とはどういうものか、という話が聞けたことも個人的には収穫でした。それはハリウッド映画とも異なり、当のアメリカにすら今は“アメリカ映画”が少ないということ。先述した近年のベストこそ、黒沢氏にとっての“アメリカ映画”なのだと深く納得しました。つまりそれは彼が求める理想的な映画の姿なのだ、と。

終了後、サイン会が催され、まだ持っていなかった「恐怖の映画史」を購入して黒沢・篠崎両氏にサインをして貰って充実した2時間は終了。あそこまで小さな会場でのトークセッションというのは初めてでしたが、期待以上に満足できました。

2006年10月13日 17:45 | 映画雑記
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Comments

『ミスティックリバー』と『ヒストリー・オブ・バイオレンス』でしたか。確かに『ミスティックリバー』は黒沢監督周辺からよく耳にする作品ではありましたが。
ほー、クローネンバーグ。
あげられたどの作品も監督らしいといえばらしいですが、最近の作品もちゃんと観てるんですね。
『グエムル』僕は入院して本編はまだ観れてませんが、たしかにああいった作品、日本で黒沢監督がいい意味でめちゃくちゃにやってやるべきだと、賛同致します。

では、そのうち、根掘り葉掘りメールさせていただきますね。


Posted by: yasushi : 2006年10月20日 11:35

>yasushiさん

毎度ありがとうございます。お久しぶりですね。
お体のほうは、ブログのほうを読ませていただいておりました。予想以上に長引いてしまっているようで、本当に大変ですね。

さて、残りの2本というのは、『ミスティックリバー』と『ヒストリー・オブ・バイオレンス』です。共に黒沢氏が度々言及されてきた監督ですし、素直に納得しました。
そういえば彼は、『父親たちの星条旗』の予告を観たらしいのですが、感動作っぽいつくりでダメな予告編だったと言っていました。イーストウッドがただの感動作なんか撮るはずがない、とも。

根掘り葉掘り聞いていただいてもかまいませんよ(笑)
答えられる範囲で、ご協力できればと思います。
コメント欄では…ということでしたら、アドレスもありますんでそちらにでも。

webmaster@cinemabourg.com
(@は半角でお願いします)


Posted by: [M] : 2006年10月20日 09:23

お久しぶりです。もう一年くらい前に何度か書き込みをしていたものです。
個人的なことですが、半年前から入院していて、映画から遠く離れているのですが。ということで、もちろんこのようなトークセッションがあったことは知りえませんでしたし、知っていても参加できませんでした。
根掘り葉掘り聞きたいところですが、そんなわけにもいかないので、一つだけ、近年良かった作品というのは、書かれていない残り2本は何だったのでしょうか?
これは黒沢好きとしては非常に気になるところなので、お教え願えたらありがたいです。


Posted by: yasushi : 2006年10月20日 08:55
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