2006年05月03日
『ベニーズ ビデオ』、氷河化する感情
原題:Benny's Video
上映時間:105分
監督:ミヒャエル・ハネケ
本作の主人公・ベニー役のアルノ・フリッシュはこの作品でデビューした後、『ファニー・ゲーム』で再びハネケと組みます。初めて『ファニー・ゲーム』を観た時、何だか凄い俳優がいるものだな、と思ったのですが、その5年前に出演した本作の彼は未だ幼さが残りながらも、その行動は『ファニー・ゲーム』のそれに非常に近く、ほとんど悪気などないかのようでいてこちらの感情を逆撫でするような、空恐ろしいものでした。こんな奴が実際に近くにいたら嫌だろうな、などと思っているうちに、そう思っている自分の中にも似たような部分があるんじゃないのかと思わせるあたり、ハネケの演出はやはり一貫しているというべきでしょうか。
ビデオで撮影した豚の屠殺シーンをベニーが自室に篭って鑑賞するシーンで、本作は始まります。豚の脳天がスタンガンで打ち抜かれる場面を、彼は繰り返し観る。再生しては巻き戻し、時にはコマ送りで。映画研究者のスザンネ・シェアマンによれば“感情の氷河化”三部作の2作目に当たる本作、そのタイトルには“ビデオ”という言葉が使われていますが、ハネケの作品を何本か観ていれば容易にわかるように、テレビやビデオの画面は他の作品でも幾度と無く登場します。私は本作を鑑賞した時、『ファニー・ゲーム』は恐らく本作をよりラディカルに作り直したものではないかと思ったのですが、それは、主人公を演じる俳優が同じという点以上に、“巻き戻す”(=時間を操作する)という行為が共通していたからです(ちなみに、最新作である『隠された記憶』にも、それは共通しています)。
ベニーがある少女を殺してしまうシーンを、観客はビデオの画面を通して観ることになります。固定されたビデオカメラは、その視界に全てを映すことが出来ず、殺人の全貌は専ら音によって明かされます。次第にその大きさを増していく少女の悲鳴と3度繰り返されるスタンガンの銃声、そしてそれを冷酷に見つめるビデオカメラ(=観客の視線)。このシーンは後半にもう一度繰り返されますが、ここで“繰り返す”という行為へのハネケの執着を感じないわけにはいきません。
何故ベニーはビデオの画面に惹かれるのか。そこに映されたものが、現実ではない、あくまで操作可能な虚構であるからなのか。もはや言うまでもなく、そこに納得できる答えなど用意されていません。少なくとも思うことは、テレビに映っている映像は、そこにある全てが信ずるに足るかのようで、実際にはいかなる真実をも映してはいないのではないか、ということです。ハネケにとってのテレビやビデオは、人間が“感情の氷河化”に向かうための一つの契機なのではないでしょうか。
2006年05月03日 23:10 | 邦題:は行
>chocolateさま
ご返事遅れました。改めてはじめまして。
chocolateさんとは、かなり趣味がかぶっているようです。特集上映以来、東京にもハネケファンが増えてきた感があります。それを受けて、今後も新作がどんどん上映されていくようになるといいのですが。
だいだい私のブログを読む方には、映画好きの方と映画はそれほど観ないけれど私の失態を楽しみにしている方とに分かれるのですが、chocolateさんにもあの酔狂記事を楽しんでいただけたようで。本当はちょっとだけ恥ずかしいのですが、私も人間だもの、ということで。
今後とも宜しくお願いいたします。
Posted by: [M] : 2006年05月15日 12:18
初めまして、こんにちわ。
mixiからこちらに参りました。
「ベニーズビデオ」私も見ました。
静かなる恐怖です・・・ベニー君。
ハネケの映画は色んな意味で
深い?っていうか後味悪いけど考えちゃうっていうか。
TBもさせて頂きました。(^^)
今後も宜しくお願いします。
「もはや制御不可能な自分の肉体と精神に戦慄する 」
↑この記事も楽しく読ませて頂きました。(笑)
Posted by: chocolate : 2006年05月12日 16:14
>[R]殿
なるほど、言われてみれば共通していますね。あるいは『セブンス コンチネント』における洗車機も同様に読み取ることができるのかも知れません。拭き取ってみたところで、しかし現実は厳しくそこにあり、実は何も変わらないんですよね。
[R]君の呟きは、ハネケ映画を観たものが抱く、ごく正しい呟きだと思います。
Posted by: [M] : 2006年05月04日 10:45
『ベニーズ・ビデオ』の中で脳裏に甦るのは…
牛乳をこぼして、ふきんで拭き取るシーンです。
それが、少女の頭から流れる血を拭き取る映像へとつながる。
当然、『ファニー・ゲーム』の中で、床に落ちて割れた卵を拭き取る場面を想起する。
この、「拭き取る」という行為が妙に胸にひっかかっております。
一瞬のうちに、「事態」を変えることが、そう「巻き戻す」ことができるから…。
何事もなかったかのように振る舞っている私たち…。
Posted by: [R] : 2006年05月04日 09:55