2005年03月31日

『スクール・オブ・ロック』あるいは、鏡としての映画

スクール・オブ・ロック起こりえたかもしれない可能性について書いてみても仕方が無いことは重々承知しているつもりですが、それでもあえて書いてみれば、この痛快極まりない映画を、仮に劇場で観ていたと仮定するなら、私は間違いなく泣きに泣いていただろうと思います。それはもちろん、年齢を重ねるごとに涙もろくなっているからとかそのようなレヴェルの話ではなく、言ってみれば私の若かりし記憶が本作のあからさまな叙情性に対し、ほとんど無媒介的にシンクロしてしまったせいなのです。

ところで、ある映画作品を前にした時、自分以外の人間との見解の相違はごく日常的に見られますが、それはもちろん“映画の観方”が違うという原因もあるにせよ、やはり、その作品を観た人間がどのような人生を送ってきたのか、やや大袈裟に言えばアイデンティティーの相違という部分が大きいだろうと思うのです。どれほど装ってみても、人が映画を観る時、多かれ少なかれ自らの人生=歴史を反映させざるを得ない、と。これは否定しようのない事実だと、今は確信しています。
超が付くほどの“娯楽映画”『スクール・オブ・ロック』を観て、何故このようなことを考えるに至ったのか。それは、この作品に紛れも無い過去の自分を投影させていたことに気付いてしまったからなのです。

『スクール・オブ・ロック』が、良く出来た面白い映画であることは否定しません。
しかし私は、ほとんど本作を観てはいなかったのかも知れないのです。観ていたのは、ノスタルジーに彩られたかつての“自分”にほかならず、気付いたときには、これまでいくらか冷静を装い、それがほとんど無意味だとどこかで知りつつも、映画作品に進んで自らを重ねることを禁じてきたつもりだった私のさもしい意識が、見事に瓦解していました。古くはジャン=リュック・ゴダールの『軽蔑』、そして、つい先日も『ビフォア・サンセット』で似たような体験をしたのですが、ほとんど監督の野心など隠蔽されているかのごとく堂々とメジャーな手法で撮られた本作は、私にとって鏡のような映画だったと言えるのかもしれません。

私が、父と友人の影響でギターに目覚めたのが中学生の時だったと思います。
とりわけ、本作でも非常に重要な位置づけをされているレッド・ツェッペリンに出会って以来、それこそ寝食を忘れるほど心酔し、無謀にもロックという概念をひたすら探求していたような気がします。悪友とギターを弾いている時、大音量にあわせて絶叫しつつ暴れている時、私は確かに自分が何かから解放されていると実感していました。例えば勢いで入部してしまったラグビー部だとか、あるいは受験勉強だとか、もしくはふとした瞬間に我が身を襲う孤独だとか、それらから解き放たれ、かりそめの快楽を手にしたような錯覚を覚えていたのです。ロックという武器を手にした私は、無鉄砲で、そして横暴だったと言えるかもしれません。ちょうど、本作の冒頭でのジャック・ブラックがそうであったように。流石に自分をピカソに例えるほど傲慢ではなかったと思うのですが。

『スクール・オブ・ロック』には、特筆すべき凝った構図や台詞、演出があったわけではありません。愚直なまでに分かり易く、最も典型的なアメリカ映画の一つだったとすら言えるでしょう。ジャック・ブラックのオーバーリアクション、ギャグ、反動的なキャラクター造形などは、特に新味の感じられない、言わば徹底した過剰さのみを頼りに演出されていたような気すらします。演出だけでなく、それが『恋人までの距離』を撮った監督とは思えないほど、何の違和感も感じさせない切り替えしや、通俗的な心理的ズームアップも多様されています。
にもかかわらず、生徒たちに初めてロックを教えるシーンが齎す感動は何なのか。もはややりつくされた感のある、あの数回に分けて繰り返されるバンドメンバーの“選別”シーンに見て取れるあからさまな観客への目配せにもかかわらず、私は涙を流さんばかりでした。“選別”といえばすぐさまロバート・アルドリッチを思い出してしまうのですが、後に調べてみたら、山田宏一氏も『特攻大作戦』に比較されていたのですが、それはともかくとしても、アメリカ映画がこれまで培ってきたあまりに映画的な描写は、リンクレイターと聞いて想像しがちなテイストからはかけ離れているなと思いつつも、実に豊かな瞬間を形作っていました。
加えて、その固有名詞の氾濫も、私を感動させる要素だったと言えるでしょう。名だたるロックスターの名前がいくつも出てきて、その映像や歴史が“授業”の中心になるのですが、次第に教師の風格が漂い始めたジャック・ブラックの、ほとんど地で演じているかのような形態模写を含め、悉く具体的なイメージに対しても、私の人生=歴史がシンクロしないわけにはいきませんでした。
その他、挙げればキリが無いほどの美点と、リンクレイターらしからぬ(ポジティヴな)凡庸さが横溢しているのですが、それらの列挙はしないでおきます。この文章は、あくまで私の人生=歴史がほとんど全編に渡って反映されてしまったということが示せればそれでいいのですから。

映画は個人を映す鏡である、というような一説を、かつてどこかで読んだ気がするのですが、少なくとも『スクール・オブ・ロック』に対してはその言葉が真理足りえると素直に思えました。仮にもレビューとは言いがたいこの文章は、本作を3度繰り返して観た私の率直な思いに他なりません。以後このような文章は、出来れば書きたくはありませんし、そう書くこともなかろうかと思いますので、どうかご容赦を。

2005年03月31日 01:30 | 邦題:さ行
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Title: 『スクール・オブ・ロック』〜<ニヤリ>とした瞬間〜
Excerpt: 『スクール・オブ・ロック』   公式サイト DVD   監督:リチャード・リンクレイター 出演:ジャック・ブラック  ジョーン・キューザック マイク・ホワイト       『スウィングガールズ』の初日舞台挨拶にて、矢口史靖監督はこのようなコメン
From: Swing des Spoutniks
Date: 2005.03.31
Title: スクール オブ ロック
Excerpt: スクール オブ ロック鑑賞 土曜日にさくっと観たんですが 面白かった〜 ノリ、内容ともにgreat 純粋に楽しめる映画として超オススメ スカっと笑ってみていられます 絶対観た方が良い! 主人公?のジャック ブラックは普通だけど、いい味だしてるし マイク ホ...
From: Dazzling M
Date: 2005.05.12
Comments

>yyz88様

こんばんは。
そうですね、ロックに興味が無い人が見た場合、その図式的なドラマだけを楽しむことになってしまうかと。それだけでも十分だという人もいるでしょうが、やはりもったいないとも思ってしまうのもまた事実です。
しかしあえて矛盾を恐れずに言えば、これはあらゆる人間に薦めたい衝動に駆られる映画でもあると思います。今のところ、私の回りでの酷評は皆無ですから。


Posted by: [M] : 2005年04月03日 22:48

私はこの映画を機内で見たので、じっくりとは見てないのですが、飛行機の中で大爆笑してしまいました。リンクレーターは私とほぼ同年代かと思いますが、70年代〜80年代のロック好きならこれほど楽しい映画はないのではないでしょうか。ロック嫌いの人には何がどう面白いのか分からないでしょうから。

あの年代のロックを体験したならお勧めしたい1本ですね^^


Posted by: yyz88 : 2005年04月02日 17:23
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