2004年11月10日

『春夏秋冬そして春』、そして人生は続いていく

春夏秋冬そして春『春夏秋冬そして春』は、これまでのキム・ギドク作品(ここでは正式に日本公開された前2作品を指します)を観てきた人間にしてみれば、やや趣が違うかもしれません。それは、心無い現実への攻撃性や挑発性の不在に拠るのではないでしょうか。ともすると、“静謐さ”もしくは“優しいまなざし”が見られぬでもない本作ですが、しかし、それはキム・ギドク監督の本質的な変化と言えるのでしょうか。

まず指摘したいのは、『春夏秋冬そして春』は全編水に満ちているということ。『魚と寝る女』同様、水に浮かぶ建物という決定的なイメージなくして、本作には言及できません。また、周王山国立公園という“特殊な”自然を舞台に選んだことと、本作が多くのロングショットから成り立っていることのは、無関係ではないと思います。ここでは、激しく揺れ動く感情を持つ人間というよりもむしろ、自然(風景)の一部としての人間をこそ描いているのです。池を取り囲んでいる山の高みから寺を映した超ロングショットが幾度か見られますが、一見似たロケーションの『魚と寝る女』にはほとんど見られなかったショットではないでしょうか。
興味深かったのは、あの寺の動きです。それをはっきりと意識させるショットの挿入が、とりわけ秋の章において顕著だったと思います。何故、人物よりも背景の山に観客を注目させることになるあのようなショットが必要だったのか。人間も自然の一部だというキム・ギドクの意志がそうさせたのかどうかはわかりませんが、少なくとも、常に変化し続ける景色、止まることの無い寺というイメージは、強く観客に訴えるものだと思います。円を描くように、始点も終点もなく移動し続けるということが、この映画の構造そのものである季節の移り変わりのメタファーなのかもしれません。

さて、前2作品同様、『春夏秋冬そして春』においても台詞は極限まで削られています。つまり、画面そのものの力で観客に訴え、言葉による説明を極力排した上で、後は観客の想像に委ねるといった手法はこれまでとそう変らないのではないかと。観客の持つ“何故?”という疑問をそのまま宙刷りにすること。わかりやすい例で言えば、本作における紫のスカーフを巻いた女性ということになるのでしょうが、彼女の素性や行動の動機を明らかにしないのは、登場人物のバックグラウンドに関心を向けさせず、その瞬間起こりつつあるアクションにこそ、観客の意識を向けさせたいという事なのかもしれません。恰も、今画面に映っていることだけが重要だと言っているかのようです。

ところで、『春夏秋冬そして春』は、一人の人間の人生を、季節の移り変わりに重ね合わせて描かれていますが、その主人公は4人の俳優によって演じられています。一般的に考えれば、限られた撮影期間に幼い子供が壮年へと成長することなどありえませんから、例えばフランソワ・トリュフォーにおけるアントワーヌ・ドワネルという人物のようにその成長を数十年かけて追い続けるのでなければ、幼年期・思春期・青年期・壮年期を一人が演じることなど不可能です。にもかかわらずこの点に注目してみた場合、四季それぞれが別々の表情を持ち、春→夏→秋→冬→春と永遠に繰り返していくという自然の摂理と、その春夏秋冬に別々の俳優を使うこと、もしくは次の(本作においては最後の)春を冒頭と同じ子供が繰り返し演じているということが一致しているという事実は、やはり見逃すべきではないでしょう。だから、私にとっては、一人の人物を4人で演じていることに違和感はなかったということを、付け加えておきたいと思います。

始まりも終わりも無く繰り返していく円運動的イメージ……仏教における輪廻や、永劫回帰というニーチェ的思想をここで想起することは、さして難しくないしむしろ自然なことかもしれません。しかし私はここに、キム・ギドク自身を含むあらゆる(現実の)人生の反映を読み取りたいと思います。というのも、私がキム・ギドクに抱いてきたイメージは、消して宗教的・思想的なそれではなく、いつも現実的痛みだったからです。
意識的にせよ無意識的にせよ、誰もが罪を犯す。ある年齢で罪の意識に気付いたとしても、一時の気の緩みや狂おしい程の激情から、罪を重ねてしまうこともある。その時人は何らかの罰を受けるでしょう。そして反省し心を改める。人生とは死ぬまでその繰り替えしではないでしょうか。罪の大小や贖罪意識の大小は問題ではありません。結局人間の生は、そのようにしか成り立たないという考えと、そんな中で何を選択し何と闘い、そして何を得ていくのかということに対するキム・ギドクの優しい視線が、『春夏秋冬そして春』を創りあげているのです。

そう考えると、本作と前2作は、やはり本質的には変らないことに気付きます。3作観た上で、彼の作家としての揺るぎなさを実感しました。最後に付け加えれば、『春夏秋冬そして春』では、キム・ギドクの驚くべき想像力が随所で炸裂していますので、それらを是非観落とさないようにしていただきたいと思います。

2004年11月10日 22:32 | 邦題:さ行
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Comments

>赤パンさん

はじめまして。
ロンドンにお住まいとは!
なるほど、そちらでは韓国ホラーが流行りですか。
ということは、ジャパニーズホラーが流行ってもおかしくないですね。
TBは一つ消しておきましたので。
またいつでも遊びにきてください。


Posted by: [M] : 2004年11月19日 12:14

はじめまして。
TBありがとうございました。
そして2度も送っちゃいました。
ごめんなさい...
半年近く前に見たので、また見たくなりました。

今ロンドンでも韓国映画はノリノリです。
いわゆる韓流ブームはないけど、特にホラーが。


Posted by: 赤パン : 2004年11月17日 21:17

ロデーさん、コメントありがとうございます。
やはり「輪廻転生」が浮かびましたか。
「業」が描かれていると思った人もいるようですね。
まぁどれが正解ということではないですし、そういう行為に意味は無いと思いますから、それぞれで良いと思います。
体験して成長していくというのは、全くその通りだと思います。


Posted by: [M] : 2004年11月12日 17:43

[M]さん、こんにちは。
コメント&トラックバックありがとうございました。

記事の書き方が「プロ」ですね〜。
うなづきながら記事を読ませて頂きました。観る方それぞれに感じ方は異なるのでしょうけど、私は「輪廻転生」の概念を非常に強く感じた映画でした。

子供が大きくなって…人間は人生の成功も過ちも、教えてもらうのではなく、皆体験して成長するのかな〜なんて思いました。


Posted by: ロデー : 2004年11月12日 12:55

puffさん、どうもです。

かなりわかりやすい話ではありますね。アメリカで大ヒットしたくらいですから。
今までのキム・ギドクとそう変わらないとは思うのですが、表面的な印象はやっぱり結構違うのかもしれません。多くの人に観にいってもらって、まだ正式に公開されていない作品もどんどん公開くれればいいのですが。


Posted by: [M] : 2004年11月12日 08:48

Mさん、こんばんはー

この映画は、説法的な感じもするのですが、それとはまた違った
もっと超越したような?感じがしました。
(=この映画って、何だか感想が言いにくいです)

それにしても、ストレートなお話ですよね。
そういうところが返って新鮮に感じられたりします。


Posted by: Puff : 2004年11月11日 23:23
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