2006年09月15日

『ディセント』における2回の裏切りとは

ディセント原題:THE DESCENT
上映時間:99分
監督:ニール・マーシャル

ほとんど前情報を得ずに、だけれども漠たるイメージだけは抱きつつこの映画を観ました。
本作が2005年のブリティッシュ・インディペンデント映画賞で作品賞と監督賞を受賞したらしい、というのも観た後に知ったのですが、なるほど、100分以内でとまとめられている割には見せ場も多く、そのほとんどがセオリー通りの恐がらせ方とはいえ、悪くない残酷ショットがあったりして、こういうのを“拾い物”と言うんだろうな、などと思った次第。

観ようと決めたのはチラシを目にしたからだと思いますが、その時は、数人の女性が洞窟に閉じ込められて互いに疑心暗鬼になり、結局人間が一番恐いという、言ってみればありがちな恐怖映画だと思い込んでいました。ありがちな、などと書きましたが、そういう映画は嫌いではなく、安易に未知の生命体を登場させたりするくらいなら人間同士で殺しあってくれたほうが面白いとも思うので、実は結構期待していたわけです。

冒頭のシークエンスで、車のフロントガラスに対向車の積んでいた鉄柱みたいなものが突き刺さるシーンがあります。これが本作における最初の死ですが、まぁこれは事故であって殺人ではありません。しかし、子供の残酷な死という、映画ではその倫理的視点から容易には描けないものを、その残酷さを直接的には見せずに、しかしやはりどう見ても子供は残酷に死んだ、という事実を画面に登場させるこのシーンは非常に短いカットながら悪くないなと思い、いよいよ期待も高まっていきました。

さて、事故のショックからなかなか立ち直れない主人公の女性を見かねてか、彼女の友人達は事故から1年後、みんなで冒険旅行をして何とか元気付けようと画策します。そして問題の洞窟に入っていくわけです。まぁそれほど無理の無い展開でしょう。主人公にとって初対面の女性も含まれるその一行が、出発前に顔合わせをしますが、こういうシーンは結構重要で、ここでそれぞれのキャラクターを観客にわからせておかないとその後に生まれるであろう恐怖に説得力がなくなってしまうからです。
では洞窟に入った6人の女性にいかなる恐怖が襲い掛かるのか。普通に考えれば迷って出口を見失ったり、足場が崩れ落ちたり、装備品をなくしたり、まぁその手のトラブルが原因でみんながパニックに陥る、みたいなことを想像するでしょう。私もまさにそんな展開を予想しつつ、中盤までは普通に楽しんでいました。

しかし、大体40〜50分を過ぎた辺りからでしょうか、なにやら怪しげな生命体の存在が明らかになってきます。そしてその生命体が、唐突に画面に登場した瞬間、私のテンションは一気に下がってしまいました。なんだよ、そんな展開かよ…と。限りなく人間に近いそのクリーチャーは、例えれば山海塾のように全身白塗りで、壁を登ったり天井に張り付いたりと虫の様な俊敏性を持っており、その動き自体はそれほど悪くないのですが、そんなことで一度下がったこちらのテンションは一向に上がってきてはくれません。まだ期待できる部分があるとするなら、それは彼らがいかに残虐に女性達を殺すのか、あるいは殺されるのか、そしてもう一つは、女性同士が裏切りあい殺しあう可能性です。

クリーチャーの生態にそれほど新味はなく、目が見えない代わりに音に敏感という生態は、接近した時のサスペンスを盛り上げるためのものだと思うのですが、面白いのは彼らの数。それがいったいどれほど存在するのかが次第に明らかになり、遂には大軍に囲まれるというあたりでしょうか。
6人いた女性はクリーチャーに喰われたり、ほとんど自滅したりしながら減っていきますが、ここからの展開でこのニール・マーシャルという監督は魅せてくれました。ある一人の裏切り者の存在を描くことで、主人公の女性はクリーチャーとその裏切り者に対する怒りを徐々に爆発させていく。夫と息子を同時に失い、失意に暮れていた彼女の顔も動きも、今ではまるで別人のように逞しく変貌しています。彼女がクリーチャーを容赦なく殺していく過程も悪くなく、遂に裏切り者を追いつめたとき、彼女がとった行動は、非常に胸のすくものでした。ほとんど心無さを感じてしまうほどに、その裏切りの代償は大きかったのです。一人の主人公を、ここまで大胆に変貌させてしまったあたりは素直に楽しめ、このまま洞窟から脱出、逃げてはいおしまい、という結末でもよかったように思えます。

しかし、です。
ラストシーンの、あの夢幻的な画面。つまり主人公のトラウマめいたものが、やっと溶解していくというシーンなのですが、途中でも挟まれるこういったシーンにはあまり共感できません。それが無ければ、この映画は90分に治まったのではないでしょうか。それが恐怖を根底から支えるというものであれば話は別ですが、恐怖映画である以上、恐怖の演出に徹底して欲しかった、というのが最終的な結論です。結果的に本作には2度裏切られたわけですが、それでも楽しめた作品ではありました。

2006年09月15日 12:36 | 邦題:た行
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Comments

>かおるさん

こんばんは。コメントありがとうございます。

この映画、恐がらせるポイントは押さえていたと思います。確かにまぁお笑いモードですね。
私としてはむしろ、『ファイナルデッドコースター』に魅かれますね。今回は血の量が多そうだなぁ、なんて。
ただ今月はまだまだ他にも観る作品が多いので、無理かもしれませんが。


Posted by: [M] : 2006年09月19日 20:46

[M]さん、こんにちは!初コメントです!!

すごいなー。この映画でこんなに語れる[M]さんを尊敬しちゃいます(笑)。私はなぁんにも予備知識なく観たんですけど、あちこちでイスから飛び上がってましたよ。うん、これがホラーの醍醐味よね。「ファイナルデッドコースター」ではありませんでしたから(苦笑)。
アレが出てきてからはお笑いモードにスイッチ入っちゃいましたが、女性同士の心の絡み合いとか、ホラーなのに深いぢゃないのぉぉ〜〜と関心した次第であります。


Posted by: かおる : 2006年09月19日 17:02
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