2006年06月08日

『太陽に恋して』、“軽く”て“若い”佳作

太陽に恋して原題:Im Juli.
上映時間:100分
監督:ファティ・アキン

渋谷におけるウィークデーのレイトショーなど、多くても15人ほどの観客とともに観るのが自分には最も都合の良い環境だと最近とみに思っているのですが、昨日、なかなか評判のいいファティ・アキンの『太陽に恋して』を観にシアターNに行くと、何と上映1時間前にもかかわらず整理券番号が21番で、いくらネットでの評判が良いとは言ってもそれだけでこの番号と言うのはありえない、誰かのトークショーでもあるのだろうかと、その日を選んでしまったことを失敗だったと悔やんだのですが、よくよく考えればなんてことはない、ただ昨日が水曜日で映画サービスデーだっただけなのでした。普段も大体の映画を1000円で鑑賞するため、それに気づかなかったというわけです。

まぁいずれにせよ、私の選択が失敗だったことに何ら変わりはなく、それは、この整理券番号では、私が普段シアターNであればここ(シアター1であれば中央最後列右端)、と決めている席が取れなかったばかりか、隣に座った中年女性2人組が、上映開始に間に合わず遅れてきたことまではまだ許せるとしても、席に座るなり、あろうことか彼女達にとっては小声と認識されているのかもしれない大声で断続的にぺちゃくちゃと話始めるので、なかなか良い出だしで始まったこのロードムービーにところどころで集中することができず、久々に腹に据えかねる思いでした。運が悪かったと言えばそれまでで、だからそういう日に映画を観にいくことを選択した自分を責めるしかなかった、と。余程のことがない限り、サービスデーに劇場に行くのはやめたほうが良さそうです。

という次第なのですが、この『太陽に恋して』というありがちな邦題を持つドイツ映画は決して悪くはなく、それなりに楽しめる佳作といった印象。冒頭、夏のヨーロッパの田舎道と思しき一本道の奥の方から一台の自動車が画面手前に向け緩やかに走ってきます。そして画面手前へと自動車が近づくにつれ、次第に画面全体の彩度が落ちはじめ、車が停車するころには何故か画面が夜のように暗くなる。西部劇でもあるまいし、何故今、“アメリカの夜”なのか? というこちらの疑問は、自動車を運転していた男が車から降り、サングラス越しに太陽を見上げるショットで容易に解消されます。その一連のシークエンスを観て、なるほど、やりたかったのはこういうことか、と何だか嬉しくなり、一本道、照りつける太陽、そして自動車という、いかにもロードムービー的なファクターを冒頭に持つこの映画への期待が高まりました。

最近では『ミュンヘン』にまで出演していて驚かされたモーリッツ・ブライブトロイは、本作であまりに類型的なキャラクターを演じていますが、その時感じた意外性は、実はこの映画全編にわたって共通するものでした。ある場所からある目的地への移動そのものはそれほど多く描かれず、その移動の過程で巻き起こる数々のエピソードやロマンス、アクションにこそ比重が置かれている『太陽に恋して』は、私の感覚から言えば所謂ロードムービーと言い切れないところがあるにはあるのですが、一つのエンターテインメントとして本作を眺めるなら、そのご都合主義的な展開や典型的とも言えるラスト近くのキスシーンのカメラワークも含め、ドイツ映画というよりはむしろアメリカ映画的な佳作と言うべきものだったと思います。

ややロマンティックが過ぎる映像(どことなく中島哲也的だったと思います)にはまるで感じる部分がなかったものの、作品のもつコミカルな雰囲気(本作にはそれほど笑えない細かいギャグのようなものが散見されました)には合っていたのかもしれません。

ともあれ、あまりドイツ映画に馴染みのなかった方でも、本作の“軽さ”は、ドイツ映画が持つイメージ(未だそのようなものがあるかどうかはわかりませんが)は少なからず払拭されるのではないでしょうか。むしろ、異文化との出会い、若さと躍動感という点においては、良い意味でいささかも“ドイツ的”ではありません。ガトリフやクストリッツァに比されるのも、ある側面では納得です。

『愛より強く』は是非おさえておかなければと思いました。

2006年06月08日 19:00 | 邦題:た行
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Comments

>ヴィ殿

そう、ハンブルグにトルコのコミュニティがあるということ、私も知らなかったです。ガトリフの作品が魅力的だったのは、国籍を超えた民族(人間と言い換えてもいいのですが)の衝突や理解などを観る事ができたからかもしれません。そのような視点に立てば、この『太陽に恋して』という作品も確かに得る部分があったと言えるでしょう。
映画によって世界を発見することが出来る体験は、やはり貴重です。


Posted by: [M] : 2006年06月12日 10:56

観てくれたんですねー。「アメリカ映画的」というのは、自分には無かった視点でした。しかし、やはり「ドイツ」のイメージは確実に更新されますよね。たとえばフランスの移民社会は、映画でも、50年代からのアルジェリア問題(こないだのハネケだって!)〜90年代のバンリュー[「憎しみ」「パリ、18区夜」etc.]などで窺い知ることもできました。スポーツではW杯仏大会での優勝チームのメンバー構成が今のフランス社会を体現してるともよく言われましたね。一方ドイツでは、紹介されるのはユダヤ人問題か西/東の話どまりだったかなと思います。しかし考えてみると、この作品のスタート地点ハンブルクは、実はヴェンダースの「アメリカの友人」の舞台ですよね(←しかし30年以上前!)。そこに現在ではトルコ移民のコミュニティが確立されているということを知る/実感できただけでも個人的にはとても意義がありました(「愛より強く」もぜひ)。そういった意味でもドイツ映画祭が楽しみです。そういえば、ポルトガルも、タネール(70年代)とコスタ(00年代)のリスボンで同じようなことが言えますね。中国やイラン、ブラジルでもそうでしょう。う〜ん、やはり映画って面白い!



Posted by: こヴィ : 2006年06月09日 21:45
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